ビクティニと昔ロマンのブログ

好きなポケモンと旅行に出掛けたり昔の鉄道車輌を並べさせたり、昔ロマンを楽しむのが趣味です。よろしゅうお願いします

SL碓氷に乗って『碓氷峠文化むら』へ行ってきました

こんにちは。

7月16日に群馬県へ日帰りで行ってきました。高崎駅を9時47分に出発する『SL碓氷号』に乗車して横川駅へ向かいます。これから活躍するSLは『デゴイチ』で有名な『D51-498号』です!

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9時47分に『SL碓氷号』が高崎駅を出発して終着駅の『横川駅』へ目指します。

昔はここからの信越本線碓氷峠を越えて長野や金沢方面などへ向かう列車が行き交っていましたが、今ではすべて横川止まりになっています。軽井沢へ向かう時は横川駅からバスで向かうことになります。

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さあ、デゴイチが入線してきて参りました!ヘッドマーク碓氷峠の宿場町『坂本宿』がイラストになっています。碓氷峠ならではのシンボルである『めがね橋』が一番味が出ると思うんですがね…。

ビクティニデゴイチだ~!やっぱSLは感動する位かっこいい!!」

ミュウ「煙突から出る煙も迫力があるね」

 

ということで我々は早速車内で指定された席にて撮影スタンバイ!

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汽車の旅ならでは車内での駅弁を頂くビクティニたち

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 安中駅にてしばしの停車

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さて、終着駅の横川駅に到着しました!ここでは、地元の高校生による和太鼓のイベントが行われていました。

ビクティニ「時間があれば軽井沢まで行きたかった・・・」

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もちろん駅構内にはかの有名な『峠の釜めし“おぎのや”』があります。かつて横川駅に特急が活躍していた頃をピークに釜めしの駅弁で賑わったそうです。

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横川駅から先は当に20年前に廃止(1997年9月30日)にされているので当然、軽井沢方面は行き止まりです。この構内の広さからみると、当時の横川駅がいかに賑わっていた事が分かるかと思います。かつて特急が走っていた信越本線がローカル線に風化されつつある事が伺えますな・・・。

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改めて見るとデゴイチと田舎の背景が絵になりますね。

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かつてここから軽井沢までの区間には『アプト式の鉄道』が存在していたんですよね・・・。これを見ているといかに碓氷峠が屈指の最大級の難所だったかが分かります。

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改めまして横川駅駅舎です。こじんまりとした印象を持つ駅舎ですが、かつて軽井沢までつながっていた頃は峠を越える各列車に機関車をスタンバイさせるための主要駅だったようです。

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外には『EF63型』に装備されていた動輪が展示されています。

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現在は自動改札になっていますが、かつて横川~軽井沢が現役だった頃は駅員配置式だったのでしょう・・・。

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さて、『碓氷峠文化むら』にやってきました!ここでは、碓氷峠で活躍した鉄道に関する資料や車両が展示されています。入園料は500円です。

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園内に入ると碓氷峠シェルパと言われていた『EF63型』が出迎えてくれます。また『EF63の体験運転』があり、講習を受けて試験に合格すると自分の手で実際にEF63型を操作する事ができるようです。ちなみに講習は毎月の第三週の土曜日に行われ3万円で受ける事ができますが、数か月先でも予約がすぐにいっぱいになってしまう程の人気があるようです。

ビクティニ「今の作者にはできないのかな・・・。僕も実際に運転してみたい・・・」

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碓氷峠の特徴的な『66.7‰の標識』です。横にある線路はいわゆる『アプト式の線路』で1893年の開業当時から採用されました。『アプト式鉄道』とは、線路の中央部に敷かれたラックレールと機関車などの車両に装備された歯車を伝い、急な坂道で列車が坂道をスムーズに登れるようにするために、あるいは歯車とレールと噛み合わせる事で列車が坂道を下る際に滑落事故を防ぐ事が出来る方式です。

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車掌車も展示されています。かつて碓氷峠には貨物列車も活躍していたんですね。

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かつては整備場だった場所に展示されている『EF63型』です。改めて観るとEF63型には碓氷峠の守り神のような存在感が感じ取られます。EF63型の場合はアプト式とは異なり、『重量』『粘着運転』『速度アップ』が強みで、横川~軽井沢間を走っていた特急列車や普通列車などの碓氷峠を通過するあらゆる列車に必ず横川側に連結されていたのです。そもそも碓氷峠の高低差は列車の力だけでは進むことが出来ないほど傾斜なのです。

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EF63型の運転席です。長年に使い込まれたことや新製年から約50年とだいぶ経っていることから各計器やノッチ・ブレーキ類が古びてきていることが分かります。

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館内にはアプト式の『ED42型』が碓氷峠の最大の特徴『めがね橋』を行く写真が展示されています。

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また、碓氷旧線のジオラマも展示されています。まさに碓氷峠の鉄道景観としては昔の鉄道ならではのロマンが伝わります!

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当時もののED42型のナンバープレートも展示されています。

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丘を登ると展示車両がたくさん展示されています。D51型をはじめ、EF62型・EF63型(1号機)・EF58型・EF15型・EF30型など国鉄時代で活躍してきた車両たちが屋外で静かに余生を送っています。

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ビクティニ「ここのD51は先程のとは違って『初期型』のD51が展示されているよ。煙突部を流線形にしたような形が特徴的でなめくじに似ていることから別名『なめくじ』と言われています」

 

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ビクティニ「釜めし弁当も頂こう。『おぎのや』の『釜めし弁当』はここら群馬県の駅弁では有名です。当時は碓氷峠に鉄道が通っていた時代はこの駅弁で賑わっていたそうです。ちなみにこの駅弁の入れ物は以前焼き物のろくろ体験で行った『益子焼』が使われています」

ミュウ「釜めしの入れ物に和風の炊き込みご飯が入っているのがいいんだよね」

 

 

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直流と交流電化区間の路線で活躍したEF80型。後の有名なEF81の基礎となった電気機関車です。

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EF59型。山陽本線の瀬野~八本松(セノハチ)で貨物列車などの『補機』として活躍しました。ちなみに『セノハチ』は碓氷峠と並ぶ日本で有数の急勾配の名所の一つで22.5‰(1kmの距離に対して22.5mの高低差)あります。碓氷峠セノハチは印象的に似ていますね。

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EF60型。主に特急用電気機関車として活躍しました。全面デザイン的にEF65の基礎にもなっています。

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左:キハ20型。日本のローカル線で幅広く活躍したディーゼルカーです。

右:キハ35型(試作車の900番台)。主に八高線などの近郊ローカル線で活躍しました。

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左:キハ20型の車内。製造年からだいぶ経っているからか座席はボロボロになっています。

右:キハ20型の運転台。速度計が昭和ならではのアナログ感が醸し出されています。

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EF15型。戦後の貨物用電気機関車として活躍しました。

隣のEF62型は急勾配のある路線で活躍しました。主に信越本線(もちろん碓氷峠でも活躍)で活躍しました。

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EF30型(左)は国鉄初のステンレス製電気機関車で、主に関門トンネルで活躍しました。そして、鉄道ファンならみんな大好きEF58型です。EF58型は当初は東海道山陽本線を中心に特急列車で活躍しました。また、晩年は上越線信越本線東北本線・荷物列車などでも活躍しました。

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EF63のトップナンバー機です。『白山』の往年のヘッドマークが付けられています。この車両は1986年に廃車になりました。

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EF53型。戦前の旅客型電気機関車です。

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10系客車の一つ『ナハフ11形』。急行型客車にして旧型客車を軽量化したような客車です。

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木造客車からの再利用並びに鋼体化改造された60系客車の一つ『オハユニ61形』。客席のほかに荷物室・郵便室を合体させたような三等座席郵便荷物合造車です。

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碓氷旧線で活躍した蒸気機関車をモチーフにした『アプトくん』です。

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信越本線の旧線路を再利用したトロッコ列車シェルパくん』で『峠の湯』まで行けます。車内は旧型客車をモチーフにしたデザインが可愛らしいですねw

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碓氷峠の特徴的な鉄道遺産物の一つ、『旧丸山変電所』です。碓氷旧線に電力を送るための施設として建設されたもので、そのレンガ造りの建物に歴史を感じさせることから国の重要文化財にも指定されています。

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峠の湯です。トロッコ列車はここまでで、この先に碓氷峠の最大の特徴『めがね橋』があるのですが、時間が無く天気が崩れてきたためここで温泉に入ってきました(入浴料3時間600円)。

f:id:okuchichibu551:20170815162501j:plain入浴施設自体は『めがね橋』をモチーフにしていますね。

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また、公園も整備されています。ここまで来るとリゾート感でさえも感じます。

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ということで横川駅まで歩いて戻ります。旧信越本線の線路跡が遊歩道になっています。架線柱も当時のままで放置されています。

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先程の旧丸山変電所です。

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『旧丸山変電所』は碓氷旧線電化の際に1912(明治45)年に建てられたもので、信越本線はもともと首都圏と長野・富山・金沢といった北陸エリアを結ぶ主要路線だった事からこの建物の重要性が伺えます。昔の碓氷峠の鉄道は『アプト式』という珍しい方式をしており、当初は蒸気機関車が活躍していたものの、煤煙で機関士が苦労していた事から電気機関車に置き換えられ、碓氷線の区間無煙化されました。日本で初めての電気機関車として登場した10000(EC40)型をはじめED40にED41・・・。そしてED42型と進化し、活躍していきましたが、碓氷新線及びEF63にその役目を譲る事となったのです。ちなみにジブリの『風立ちぬ』という映画でも10000(EC40)型と碓氷峠が登場しています。

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さて旧丸山変電所の概要ですが、先程説明したように碓氷旧線に電力を送り込むための施設で、二棟の構造物からなっており変電所内に312個の蓄電池が配置されていたのです。充電中には大量の有害物質が発生することから換気が必要なことから窓も多く配置されています。また、変電所で発生した電気は『交流(例:家庭用コンセントのようなもの)』であるため、変換器で『直流(例:電池で豆電球付きの電線につなぐようなもの)』に変えて機関車に電気を送り込んでいました。碓氷旧線の電化方式は架線から電気を取り入れるものではなく、線路に配置された給電用レールから電気を取り入れる『第三軌条方式』を採用しており、日本の鉄道で初めて電化方式を採用した区間でもあったのです。しかし、1963(昭和38)年に碓氷旧線はこの変電所とともに碓氷新線に主役の座を譲ることになりました。その後、碓氷新線を通過する列車たちとともに峠のシェルパことEF63が活躍し、1997(平成9)年の長野新幹線(現北陸新幹線)開業に伴い、碓氷峠の鉄道で活躍したアプト式の鉄道と峠のシェルパはいずれも歴史の幕を閉じる事となったのです。

ビクティニ「昔の人たちが作った鉄道ってロマンと歴史を感じさせるよね…。感動しちゃったかも…」

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 碓氷峠文化むら付近まで戻ってきました。閉園後もロクサンが鎮座したままです。

ビクティニ「ロクサンバイバイ。次来る時はめがね橋まで行くよ…。」

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さて今回はこれで終わります。ご閲覧ありがとうございました。

 

 

終わり