ビクティニと昔ロマンのブログ

好きなポケモンと旅行に出掛けたり、鉄道名所(景観路線や歴史ある鉄道スポットなど)スポットめぐりや風光明媚な鉄道旅、日本の観光地の歴史や景観めぐりなどを紹介するコーナーです。よろしゅうお願いします。

北東北浪漫 みちのく紀行 2日目 日本の昔話のはじまり“遠野物語”と“銀河鉄道の夜”のモデルにもなった“めがね橋(宮守川橋梁)”

皆さん、こんにちは。

今回は宮古市に宿泊した後は、遠野市をちょっと観光し、SL銀河号の通る『めがね橋』こと『宮守川橋梁』という有名撮影地にてSLを撮影しました。

ということで朝8時に旅館を出発し、三陸道を南下して釜石駅まで戻ります。しかし、三陸道に入る頃には雨が結構降っていました。

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道の駅やまだ

途中の道の駅で休憩を取りつつ、三陸道を下っていきます。

このあたりもリアス式海岸があり、三陸ジオパークの1つとされていますが、ここも9年前の東日本大震災による未曾有な惨禍に見舞われました・・・。

ビクティニ:ああ・・・僕のふるさとでもある東北がこんな悲しいことが起きるなんて誰が予想したのかな・・・?

 

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釜石駅

8:50 釜石駅に戻り、レンタカーは返却します。その後、JR釜石線にて9:04発の普通列車 花巻行きに乗車。今日は遠野の昔話を聴ける『語り部』のお話しを聴いてから、めがね橋のSL撮影もしようと思います。

ビクティニ:本当は三陸鉄道にも乗りたかったけど、時間の都合上、レンタするしかなかったのね。まあ、このあたりは列車本数が少ないから仕方がないのかな。

 

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普通列車とSL銀河用客車

釜石駅には普通列車の花巻行きとSL銀河用の客車が停泊しています。JR釜石線の普通列車の大半はワンマン運転で運行されているようです。中には『快速はまゆり号』も走っており、一部は指定席(指定券530円)も設けられています。SL銀河号の客車のデザインがとてもおしゃれで、まさに銀河鉄道の夜という世界観でさえも感じてしまいます。

9:04 釜石駅を出発。

実は、この列車に乗っている時に、私と同様にSL銀河号の撮影が目当てのおじさんも乗車しており、途中の陸中大橋駅で下車し、Ωカーブのある仙人峠の赤い鉄橋を通過するSLを撮るとの事。でも、今回は釜石線の代表的な撮影スポットにてSLを撮るのが目的なので、私はめがね橋とSLの写真を収めれば十分だと思いますがね・・・。

 

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遠野駅

10:15 遠野駅に到着。

ここで下車し、遠野に纏わる昔話(遠野物語)を聴いてみたいと思います。

遠野市は人口約3万人弱の町で『日本昔ばなし』『座敷わらし』などの民話をはじめ、『河童のふるさと』としても知られています。

 

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とおの物語の館

実際に遠野市の昔話を聴きたいという人にはこちらの『とおの物語の館』がおすすめです。

『昔話蔵』では、『座敷わらし』『河童淵』などをはじめとする昔話を体験したり、聴くことが出来ます。普段の喧騒や日々のストレスなどで疲れを癒やしに遠野の昔話を聴きに行かれてみては?

ビクティニ:とても癒やされた・・・。今までの嫌なことはみんな忘れてしまいそう・・・。

ミュウ:昔話もいいよね・・・。でも、なぜか眠くなるかも・・・。

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昔話について

昔話というものは、日本では数多く残されていますが、それらは研究者や語り手によって記録・研究がされて出来たものと解釈されています。

昔話の原点にもなったと言えるのが、意外なことに約200年前のドイツのグリム兄弟から本格的に始まったと言われています。1800年代の初頭から昔話の採集を始め、1812年に『グリム昔話集第1巻』を出版し、社会下層の人々が伝えてきた口承文化に価値を認め、それが滅びようとしていた危機感から昔話の採集を始めたと言われています。昔話の採取のみならず、言語学者として『ドイツ語辞典』の編さんを始めるなどのエピソードが残されています。いわば、『グリム童話』の始まりでもあったのです。グリム童話の代表的な作品例でいうならば、『長靴をはいた猫』『ヘンゼルとグレーテル』『小人の靴屋』などがあります。それは国の文化の価値観から生み出されたものなのです。民衆の口承文化への価値を理解し、普遍性を持つことで昔話に魅了されたり、あるいはその魅力で親しみを持たれるようになり、現在に至っているのです。

そして、遠野市における昔話の原点にもなったのが、遠野出身の若者、佐々木喜善が聞き覚えていた伝承を柳田國男が書き留めていた『遠野物語』です。

それをきっかけに喜善は遠野や周辺で語り継がれてきた話を精神的に集まるようになり、その中で発表された『江刺郡昔話』において『おとぎ話』でも『童話』でもない『昔話』という言葉が初めて使われたのがそのはじまりでした。すなわち、遠野市が昔話の原点となったのは、柳田國男の呼びかけで全国的に収集がはじまり、国際的な比較ができる分類を完成させた関敬吾によって受け継がれたのです。
関敬吾は、日本の昔話が世界的な位置づけで考察し、世界で共通的に使用されている昔話の分類を導入することで、日本の同大な昔話を分析・分類していきました。また、欧米の研究を国際的に開かれたものにし、昔話における研究基礎を築いた彼の功績は高く評価されています。こうして、約3万5千に及ぶ日本の昔話を分類することに成功したのです。それらの研究資料が遠野市にて所蔵されています。

 

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昔話の語りが実際に聴ける『遠野座』

『遠野座』では、語り部が遠野に纏わる昔話を語ってくれます。

遠野の昔話で代表的なものでいうと『おしらさま』『河童淵』『座敷わらし』の3つがありますが、実際に我々が聴いたお話しは、遠野の昔話の代名詞にもなっている『おしらさま』『河童淵』でした。いずれも東北弁らしい話し方で、どこか癒やしを感じさせられます・・・。そして、実際に聴いた昔話の最後には、よく童話や絵本などの終わりで使われる『おしまい』『めでたしめでたし』ではなく、『どんどはれ』という言葉で締めくくられます。これはいわゆる『おしまい』や『めでたしめでたし』を岩手県中北部の方言にしたもので、今でもこの言葉は使われています。

★昔話の語りに興味のある方はこちらをどうぞ★

遠野市立図書館

 

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柳田國男展示館(旧高善旅館)

とおの物語館には『柳田國男展示館』がありますが、これはかつて柳田國男が滞在した旧高善旅館という歴史的建造物です。

こちらの旅籠は明治~昭和にかけて遠野において代表的な旅籠だったようです。館内では、何もかも当時の原型を保ち、いかにもどこかノスタルジーな雰囲気が漂っています。柳田國男をはじめ、折口信夫、ネフスキーなどが宿泊し、民俗学調査の拠点としても活用されていたようです。

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柳田國男と日本民俗学

柳田國男が生んだ各々の昔話には、それぞれ原点があります。昔話のもとになるべき原点といえば、『日本民俗学』というものです。

平民が過去を知り、数々の経験やこれまで通ってきた経緯を知る。つまり、自らを知ることで反省すること・・・。いわば、柳田國男には、人々の暮らしの中で、自分の歴史を学んでこそ国の未来を拓くという決意が『日本民俗学』であり、昔話のはじまりとも言えるでしょう・・・。

 

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柳田國男の生涯について

ここでは、多くの昔話を生んだ柳田國男の生涯について紹介されています。柳田國男は遠野に纏わる昔話、『遠野物語』の始まりとも言える日本民俗学という未踏の学問分野を築いたパイオニアであり、日本近代における天才的な独創性を持っています。彼の思想には『貧困のない幸福な生活が送れるようにしたい』という想いがありました。

それは『幼い時の経験』や『凝り性と野心と負けん気な強み』が心情的です。8人兄弟のうちの6男で、彼の他の3人の兄弟は、医師、歌人、軍人、画家など、各々違う道を進み、いずれも優れた功績だったといいます。興味のある本なら読み更けてしまう一面があることから、創造力がある一方で、彼が幼き時代は、とても辛い貧困生活の中で生活してきたのです・・・。
そして、彼が16歳になり明治23(1890)年・・・東京に上京すると、彼の文学という才能が芽生えます。本格的に短歌を学びながら西洋式の詩にも取り組まれ、かの有名な近代文学の代名詞とも言える森鴎外や田山花袋などに出会います。その後は明治30(1897)年に東京帝都大学に進学。その当時は農民の暮らしを研究する農政学という学問を学ばれました。
明治33(1900)年、東京帝都大学を卒業し、農商務省に就職します。官僚時代を通しての農村の視察や講演を行うため、日本国中を旅します。その度の過程で、各地に伝わる習俗伝承に興味を惹かれ、それらの記録を書き記した本を出版しました。これがいわゆる『遠野物語』のはじまりなのです。また、官職を引退する大正8(1919)年まで農村研究も続けられました
大正10(1921)年には国際連盟の委任統治委員の代表に抜擢され、スイスのジュネーブをはじめ、世界中の多様な文化について学び、日本の現状や未来を見つめ直す契機ともなりました。
大正12(1923)年9月1日・・・日本では『関東大震災』が起こってしまいます。その当時ロンドンにいた柳田國男がその一報を開きました。同年11月8日に日本へ帰国しますが、未曾有な惨禍に『本筋の学問のために起つといふ決心をした』と回想しています。帰国直後から講演活動を開始、その年のうちに委任統治委員を辞任しました。
昭和9(1934)年、ついに彼の本業である日本民俗学初の概論書とされる『民間伝承論』が発表、民俗学の理念や方法を実践する全国的な民俗調査の報告会である『木曜会』が始まりました。これには約300回に渡る例会を重ね、日本民俗学研究の中核的なサロンとして、その発展の基礎を築き上げていったのです。

これが、柳田國男が築き上げた『日本民俗学』の中に『遠野物語』が生まれたというエピソードなのです。

 

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遠野名物の蕎麦

遠野物語のエピソードを深く知ったところで、遠野名物の蕎麦をいただきます。

遠野の名物といえば、ジンギスカンで知られていますが、遠野は日本民話のふるさとらしく、蕎麦がふさわしいと思います。他にも、遠野の特産品でよく知られているのが、『どぶろく』というにごり酒です。その名の通りお酒なので、間違っても親戚の子供やご子息のお土産として使わないでくださいね(笑)

ビクティニ:遠野といえばお蕎麦がよく似合う!

ミュウ:いい香り・・・。

ゴンベ:寿司もうまいっぺ!

にょろもう:夏といえば冷えたお蕎麦が美味しいよね!

 

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遠野といえば河童のふるさと

遠野は『河童のふるさと』としても知られ、カッパ伝説が今でも残っているという言い伝えがあります。

遠野駅から約7kmぐらい離れた場所にある『カッパ淵』はバス、あるいはレンタサイクルで約30~40分で訪れることが出来ます。土淵町の常堅寺裏を流れる小川の淵にはカッパが多く住んでおり、人々を驚かしてはいたずらをしたという伝説が残っています。淵の岸辺には、カッパ神を祀った小さな祠があり、子持ちの女性がお乳が出るようにと願ををかけると叶うという言い伝えがあり、願かけには、赤い布で乳の形を作って祠に納めるのがしきたりとされています。

しかし、今日は生憎の天気ということもあり、そもそもカッパ淵まで行くのにはちょっと遠いです・・・。

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遠野駅前にある河童の池
遠野駅前には河童たちが暮らす池のオブジェがあります。河童という存在感が遠野市のシンボルになっています。

 

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遠野駅に停泊中のSL銀河号

ちょうどSL銀河号が遠野駅に進入してきたところです。昨日は釜石方面(下り)でしたが、この日は花巻方面(上り)への運行となっています。

実はSL銀河号の運行形態として、他の地域を走るSLとは違い、普通なら同じ区間を1日に1往復ですが、土日を挟むように2日間かけてJR釜石線の花巻~釜石間を往復するというダイヤになっています。SLばんえつ物語号の停車時間が長い野沢駅や津川駅での停車時間はたかだか15分程度ですが、遠野駅で約1時間以上も停車するのはかなり異例と思われるでしょう・・・。ちなみにSLばんえつ物語号の走行距離はJR磐越西線会津若松~新津間で片道111km日本のSL列車運行の中では一番長く、1日で1往復なのにも関わらず、SL銀河号はJR釜石線花巻~釜石間で90km。わずか21km差SL銀河号の方がじっくり時間をかけているのかが分かります。

 

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めがね橋の最寄り駅である宮守駅

13:10遠野発 普通花巻行きに乗車し、13:37に宮守駅に到着。

さあ、ここからが『銀河鉄道の夜』のモデルとなったJR釜石線の真髄・・・『めがね橋(宮守川橋梁)』にてSL銀河号を見届けようと思います!めがね橋はこの駅から徒歩10分の所にあります。めがね橋の撮影スポットはドライブインの芝生広場になります。

ビクティニ:さあ、ここからが正念場だ。心して撮影しよう。ちなみにこの駅にはコインロッカーなど荷物を預かる場所はないから、大きい荷物を担いでいる人は自己責任で管理してね。

ミュウ:でも、ボストンバッグならなんとかなるかも・・・。

作者:ボストンバッグには三脚も入っているから地味に重いんだよな・・・。

 

★宮守駅からめがね橋までの徒歩ルート(例)★

 

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めがね橋(宮守川橋梁)

さて、JR釜石線の有名撮影スポットである『めがね橋』に到着しました!この橋を14:25頃にSL銀河号が通るはずなので、ここでカメラを構えます・・・。

こちらの『めがね橋』は半月状の大きなアーチが5つ連なるのが特徴的で、正式名称は『宮守川橋梁』になります。この路線の前身とも言うべき『岩手軽便鉄道』は、言わずもがな宮沢賢治作の童話の1つとされる『銀河鉄道の夜』のモデルになったと言われています。春、夏、冬にはライトアップがされ、いかにも宮沢賢治の生み出す『銀河鉄道の夜』という幻想的かつイーハトーブの世界感に魅了されます。

ビクティニ:大きなアーチ橋に洋風なデザインが何もかも素敵な『めがね橋』だね。ジョバンニたちが乗った汽車もこの橋を通ったのかな?

ミュウ:ここにSLが通るんだよね。早くみたいな~。

 

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めがね橋は『恋人の聖地』にもなっている
また、こちらの『めがね橋』は恋人の聖地にもなっており、恋愛やデートスポットなどでも是非訪れたい名所です。

さて、めがね橋に到着してかれこれ30分・・・。ついに・・・。

 

 

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『めがね橋』を渡るSL銀河号

念願のSLと『めがね橋』を撮影した!

SL銀河号が洋風なデザインを放つ『めがね橋』とのコラボレーションこそ・・・まさに『銀河鉄道の夜』そのものです!すべてにおいて、幻想的かつイーハトーブ感を醸す宮沢賢治クオリティが我々に披露してくれました!

★SL銀河号通過シーンはこちら★

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JR釜石線の見どころスポット

JR釜石線には数多くの見どころがあります。

先ほど行ってきた『めがね橋』をはじめ、桜並木赤い橋(鬼ヶ沢橋梁)岩手軽便鉄道の名残のある旧鱒沢トンネルなどの名所があります。春になれば桜とSLで撮影を楽しめます。実は、先ほどの『めがね橋』が有名な宮守川橋梁の他に『達曽部川橋梁』というもう1つの『めがね橋』があります。アーチ間に空いている穴が1つか2つ空いているのが特徴的で(宮守川橋梁はアーチ間の穴が1つだけ空いている)、別名『岩根橋』と呼ばれています。国道283号沿いに位置し、こちらのほうが『銀河鉄道の夜』の舞台にもなったという説があるようですが、宮守川橋梁でも十分にその雰囲気は味わえると思います(笑) なお、『達曽部川橋梁』へのアクセスは岩根橋駅から東へ5分歩いた場所にありますが、その駅は快速通過駅でわりとマイナーな撮影スポットということもあり、列車本数は比較的少ないので、列車で訪れる際は注意が必要です。

 

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JR釜石線の車窓

15:37 宮守駅発 快速はまゆり号盛岡行 乗車。

JR釜石線の沿線は、南側の車窓には猿ヶ石川の景観が楽しめます。

ビクティニ:あの川は銀河鉄道の夜でいう天の川かな?

にょろもう:川が眺められる車窓もいいよね(^^

 

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花巻温泉の旅館

15:59 新花巻駅に到着。駅から送迎バスにて花巻温泉へ行くことが出来ます。というか、新花巻駅から温泉街へアクセスできる送迎バスはとてもありがたいです。

16:30頃、花巻温泉の温泉旅館にチェックインします。今宵の宿は花巻温泉愛隣館さんにお世話になります。この時期はちょうどGOTOキャンペーンということもあり、本来の宿泊代の3~4割分安くなり、思う存分温泉気分に浸れるので、まさに一石二鳥ですな(*´艸`*)

ビクティニ:これまたいい宿選んだなw 一度、花巻温泉に泊まってみたかったんだ。

ミュウ:結構すてきなホテルだね。作者さんの宿選びにセンスがあるよね。

作者:まあ、北海道&東日本フリーきっぷがあるから、鉄道で移動するときもかなり楽だしねw

travel.rakuten.co.jp

 

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花巻温泉の旅館 夕食

花巻温泉の夕食はとても豪華でした。岩手県の食材もふんだんに使われ、名物であろう『わんこそば』『じゃじゃ麺』『ジャージャー麺』も出ました。温泉大浴場もとても広く、大変快適に過ごせました。また、飲める温泉としても知られ、健康維持にもいいとされています。皆さんも岩手県に来たら、花巻温泉は是非おすすめしたいと思います。

ビクティニ:温泉がとても快適だったし、夕食も岩手名物ばかり・・・。涙が出そう(いい意味で)

ミュウ:美味しい!岩手県っていいところだよね。

にょろもう:岩手県はわりと涼しいかもね。避暑とかにいいかも。

 

北東北浪漫 みちのく紀行 2日目 おわり

3日目へ

 

★おまけ★

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旅館で行われたマジックショー

ビクティニ:イベントやってるとは思わなかったな。何年ぶりかな?マジックショー見たのは・・・

ミュウ:炎が出た!すごい!