ビクティニと昔ロマンのブログ

好きなポケモンと旅行に出掛けたり、鉄道名所(景観路線や歴史ある鉄道スポットなど)スポットめぐりや風光明媚な鉄道旅、日本の観光地の歴史や景観めぐりなどを紹介するコーナーです。よろしゅうお願いします。

GW道東紀行2日目 釧路湿原を満喫!くしろ湿原ノロッコ号乗車&カヌー川下り

みなさんこんにちは。

道東紀行2日目の5月4日は、二年前と同様、ノロッコ号に乗車、そして釧路川のカヌー川下りに参加しました。

前回は夏に行きましたが、今回はGWの時期に行ってきたので、夏とはまた違った印象になるのかもしれません。

 

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釧路の朝食

さて、釧路の街並みを見下ろしながら、朝食をいただきます。以前は釧路ラーメンまであったほどメニューが豪華でしたが、今回のは例の病気ということもあってか、種類は若干控えめになっているようです。しかし、それでも量としては十分だと思いました。

ビクティニ:久しぶりの北海道の朝ごはんだ!いただきます!

ミュウ:清々しい気持ちで朝ごはん食べたのは久しぶり!

ゴンベ:うまいっぺ~!

にょろもう:いつもより豪華な朝ごはん・・・うまい!

シャワさん:魚がうまい!ところでノロッコ号に乗るのは何時だったっけ?

ビクティニ:11:06に出発するはずだから、まだ時間があるみたい・・・。

ミュウ:まだ時間があることだし、少し街を散策してから行こうよ。

シャワさん:それもそうだな。

 

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朝の幣舞橋

ということで、朝の釧路市内を散策してみましょう。

朝の釧路川にかかる幣舞橋は、まるでヨーロッパにいるような風景です。

ビクティニ:朝の釧路港は静かで清々しいね・・・。

ミュウ:カモメが優雅に飛んでいるね。

 

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朝の釧路港

朝の釧路港も静かで清々しいです。フィッシャーマンズワーフを背景に、奥の工場や倉庫などが、釧路の港という雰囲気です。太平洋へ流れる朝の釧路川は、夕暮れとは対象的ににぎやかです。

 

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米町本通
幣舞橋を渡り、釧路の港町を散策してみます。

道なりに歩いていくと『米町地区』に出ます。釧路市は古くから、漁業が盛んであり、林業や馬産地などを背景に道東の中枢として栄え、この『米町地区』こそ、釧路の発祥の地であったのです。これは江戸時代末期から明治初めにかけて釧路地方の開発に携わった当時の佐野孫右衛門(屋号は米屋)の功績から『米町』という地名がついたといいます。また、その地域から釧路の街の発展が始まっことから『元町』ともいわれています。ここは文豪としてかの有名な石川啄木の発祥地であり、かつては啄木も通っていた遊郭や料亭などが建ち並んでいたといいます。そのため、ここにはいくつか啄木が詠んだ歌碑があるので、時間があれば探してみるのもいいでしょう・・・。

 

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米町公園

米町地区の高台には米町公園があり、ここから釧路港が見下ろせます。晴れた日には日高山脈摩周岳などの連峰も見渡せます。この公園はもともと児童公園でしたが、米町地区の土地区画整理事業に基づいて、昭和63(1988)年より市内唯一の歴史公園として整備されています。そのため、ここには記念碑や啄木の歌碑などが鎮座されています。灯台や街灯などが洋風かつノスタルジーな雰囲気を醸し出し、いかにも異国情緒を想わせます。

 

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釧路港修築碑

釧路港は17世紀中頃、釧路川河口に松前藩主がアイヌとの交易のため、商船がやってきたのがはじまりとされており、『東蝦夷道中記』にも記述されています。明治20(1887)年、当時の北海道庁のイギリス人技師であるチャールズ・スコット・メーク氏が港湾造成の計画を立案し、明治32(1899)年に開港しました。当時の釧路市はかつて水産・石炭・紙パルプの三大基幹産業が盛んであり、その港湾も道東における流通拠点として発展したことから、昭和26(1951)年に重要港湾に指定されました。そして、最終的には3つの埠頭の整備が完了し、平成23(2011)年には国際バルク戦略港湾の穀物の分野で認定されたことがあります。そのため、道東では生乳や乳製品の生産が盛んであり、その乳牛の飼料はその原料となる穀物の産地である北米から一番近いことから穀物の輸入拠点港として機能しています。

 

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釧路一之宮 厳島神社
釧路の港町には由緒ある厳島神社があります。

この神社は江戸時代から弁天、阿寒、稲荷の三祠を奉られていました。アイヌ民族が『カムイシュマ(神岩)』と呼び、木幣を奉るとともに漁場請負人である佐野孫右衛門が神殿を建立、以来豊漁が続いたことで参拝者が増え、『産土神(うぷすながみ)』と崇敬しました。そして明治に入り、現在地に本殿拝殿を造営およびご遷座とともに安芸国(広島)の厳島神社より御分霊をいただき、大正には縣社に昇格されました。また、大正天皇の摂政として、昭和初期には釧路市行幸の際もこの神社を御親拝され、釧路市民からも愛される格式のお宮として親しまれています。この神社は古くから『クスリ』と呼ばれ、漁業や交易、交通の要とされる釧路の港町を守護する神社として今でも語り継がれています。

 

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釧路駅

さて、釧路の港町を散策したところで、釧路駅に戻ります。ちょうどノロッコ号の改札が行われていました。奥にはノロッコ号の列車が停まっています。

ビクティニ:ノロッコ号の改札が始まっている!切符を用意しよう・・・。

ミュウ:発車までまだ時間があるから急がなくてもいいよ・・・。

作者:じゃあ昼食の弁当も買ってこよう。

 

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くしろ湿原ノロッコ号

ノロッコ号が停まっているホームには、SLのように多くの旅行者や親子連れの家族で賑わっています。

くしろ湿原ノロッコ号は平成元(1989)年6月24日よりJR釧網本線の釧路~塘路間で運行され、今年で運行開始から32年経ちます。文字通り釧路湿原の景色を眺望するための観光列車です。基本的に4両編成で運行され、そのうち1両が自由席ですが、当日の自由席は混雑している場合があるので、じっくり釧路湿原の景色を楽しみたいのなら展望席(指定席)の切符の事前購入をおすすめします。

今回のノロッコ号のヘッドマークには『釧網本線全通九十周年』のメッセージが入っています。近年はJR北海道の路線廃止や廃駅が進む中、釧網本線は沿線の自然に囲まれた環境に恵まれているので、このまま観光路線として後世に残してほしいと思います。

ビクティニ:今回でノロッコ号に乗るのが2回目だね。最近は旅行に行く人はただでさえ少ないのに、ノロッコ号に乗る人はいる時はいるんだよね。

ミュウ:乗る人はほとんど道民なんだろうね・・・。

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ノロッコ号プリン

ノロッコ号といえば、名物の『ノロッコ号プリン』も定番の1つです。ノロッコ号の売店で売られており、濃厚な生乳を使用しているとのことで、ノロッコ号に乗ったら、ぜひ食べてほしい代物です。

 

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釧路駅のホーム

釧路駅のホームには釧網本線の列車の他に、根室本線(花咲線)の列車や札幌方面への特急も出ています。釧網本線は、東釧路駅~網走駅を166kmで結ばれていますが、始発駅は釧路駅になります。普通列車の殆どは1両編成だったりします。

11:06発 くしろ湿原ノロッコ2号 塘路行き 釧路駅を出発

ビクティニ:釧路駅バイバイ!網走までいってきます!

ミュウ:釧路の町もバイバイ!

 

★釧路湿原 ノロッコ号&カヌー下り★


www.youtube.com

 

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岩保木水門

東釧路駅から先は釧路湿原の中を進む釧網本線に入ります。

しばらく進むと『岩木保水門』が見えます。これは釧路川を仕切る水門で、大正時代の洪水で釧路市街は大きな被害を受けたことをきっかけに、昭和6(1931)年に本流の新釧路川と旧流路との分岐点に建てられました。旧水門は全幅20メートル、高さ5メートルの扉体が2門あるもので、戦前に建てられたものということもあり、上部が木造になっています。現在の水門は平成2(1990)年に完成した2代目のもので運用されています。旧水門は、現在は使われていませんが、歴史的建造物という価値観があり、解体されずにそのまま残っています。また、夕日スポットの名所にもなっており、このあたりでもタンチョウが見れることもあります。ちなみにこの名前である『岩保木』になったのは、アイヌ語で『イワ・ポキ(山の下)』という由来から名付けられました。

 

 

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ノロッコ号から見る釧路湿原
釧路の市街地からだんだん遠ざかり、釧網本線をゆくノロッコ号の車窓の景色は釧路湿原へと景色を変えていきます。

運が良ければ、車窓からはタンチョウをはじめエゾシカキタキツネなどが見られることがあります。

ビクティニ:タンチョウはどこに・・・。・・・あ、エゾシカがいたような・・・?

ミュウ:あ!今シカがいたよ!

作者:え?どこどこ??

 

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釧路湿原駅
釧網本線の途中にある釧路湿原駅は、ログハウス調の素敵な駅舎です。

この駅から徒歩20分ほどで『細岡展望台』があり、昨日訪れた釧路市湿原展望台とは違った釧路湿原の風景を見ることができます。ただ、この駅には一部の普通列車が通過してしまう便があるので、帰りの列車の時刻はよく調べてから訪問した方がよろしいかと思います。しかも、ただでさえ本数が少ない釧網本線ですから・・・。

ビクティニ:二年前は細岡展望台で釧路湿原を見たなあ・・・。

ミュウ:あの時は例の病気が流行る前の時期だったから、懐かしいよね・・・。

 

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ノロッコ号から見る釧路川と湿原
細岡駅~塘路駅間は進行方向(網走方面)の左側に釧路川釧路湿原が見渡せます。

このあたりは、タンチョウやエゾシカなどの野生動物が見つかりやすいエリアです。さらにカヌーで川下りしているところも見れます。ただ、夏に行った時とは違って若干枯れ草色になっていますが、よく見ると木の枝に若葉が茂っているのが見えます。鉄道の車窓風景に湿原が広がる大自然は夏でなかれ、どんな季節でも絵になります。

ビクティニ:カヌーをしている人がいるよ!・・・思えば鉄道車窓で湿原が見れるスポットは他になかったりするんだよね・・・。

ミュウ:これからカヌーで川下りが楽しみだね!

 

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塘路駅に到着

11:54 塘路駅に到着。

ここでノロッコ号の旅はおしまいです。塘路駅は釧網本線の駅で、アイヌ語の『トオロ(沼の所)』という由来で、その名の通り塘路湖が近くにあり、かつて湖畔には『トオロコタン』という集落が存在していたのだそうです。また、塘路湖はカヌーの拠点になっていることから、ノロッコ号や他の列車の到着時刻に合わせて集合を行うカヌーツーリングの主催会社のスタッフがよく待機していたりします。この時期はGWで多くの参加者が集まるはずなのですが、例の病気の影響ということもあり、我々を含めて2組のみという少人数での案内のようです。

ビクティニ:ノロッコ号よ、ありがとう!さて、今度はカヌーで川下りだよ。集合場所はここでいいのかな?

ミュウ:ちょうど招集をやってるよ!行こう。

 

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レイクサイドとうろ(元村ハウスぱる)

今回のカヌーツーリングは、前回の2019年夏と同様、『レイクサイドとうろ(元村ハウスぱる)』さんの方で受付になります。コースも同様に塘路湖から細岡駅付近まで釧路川を下るという形です。ちなみに今回は13:00からのスタートですが、12:45に再度こちらに集合とのことです。まずは受付を済ませてから昼食にしようと思います。今回はキャンペーンで運良く4,000円引きにしてくれたのがとても嬉しかったです(喜)

ちなみに、こちらのカヌーツーリングは2019年のNHKのブラタモリでも放送されたそうです。

 

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昼食タイム

ということで、カヌーツーリングの開始前に、事前に購入した昼食をいただきます。

ビクティニ:牡蠣弁当だ!いただきます!・・・うまい!厚岸産の牡蠣だよ! 

ミュウ:美味しい!ノロッコ号のプリンも美味しいよ!

にょろもう:みずみずしくてうまい!

ゴンベ:濃厚でうまいっぺ~!

シャワさん:うまい!こりゃ広島の牡蠣より美味しいかもな・・・。

 

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釧路川カヌーツーリング

さあ、釧路湿原カヌーツーリングの始まりです。

前回はレイクサイドとうろから塘路湖を進むように漕いでのスタートでしたが、この日は風が若干強いのか、塘路湖からアレキナイ川への河口からのスタートのようです。

まずはJR釧網本線と国道391号の橋下をくぐり、釧路川の支流アレキナイ川を下っていきます。このあたりはタンチョウを始め、オジロワシエゾシカなどの野生動物が頻繁に出てきます。

ビクティニ:さーて、タンチョウくんはいるかな?

ミュウ:エゾシカとかは出てきそうだよね。

 

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JR釧網本線の列車
ちょうど橋の下を通過した直後に釧網本線の列車が通過していきました。

道東のローカル線の列車はやはり1両編成というのがザラのようです。しかし、東京のような喧騒な都会とは違って、とても長閑な雰囲気です。私は、このような自然と鉄道が調和した鉄道風景はとても好きです。かつての釧網本線には、蒸気機関車が客車列車や貨物列車、あるいは混合列車を引いて走っていました。昭和40年代の釧網本線は『C58型』という蒸気機関車たちの独壇場で、蒸気機関車がこの雄大な釧路湿原を駆け抜けた当時の風景を回想したくなります。

 

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オジロワシ

木の枝の上に止まった大きな鳥を見つけました!

オジロワシです。遠くから見てもかなり大きな鳥です。

全長が70~98cmあり、翼を広げると180~240cmにもなるそうです。体重は3~7kgあり、全身には褐色の羽毛で覆われ、頭部は淡褐色に淡黄色の羽毛を纏っています。オジロワシは、サケやマスなどの魚をはじめ、エゾシカなど動物の死骸などを食べて暮らしています。そのため、オジロワシやオオワシは猛禽類の鳥として数えられています。

釧路湿原はもちろん、北海道ならよく見かける鷲で、他にも知床やオホーツク海沿岸、野付半島、十勝平野、道北などで見ることができます。しかし、近年は次第に数が減少しつつあることから、天然記念物に指定されています。また、オオワシと並んで絶滅危惧種に指定されていますが、実はオジロワシの方が「近い将来に野生絶滅の可能性がある」として絶滅危惧種IB類に分類されています。もっとも、オジロワシとオオワシの区別は素人ではなかなか見分けが付かないのかもしれません。

 

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アレキナイ川から見る釧路湿原

釧路湿原はラムサール条約湿地です。

手前の川岸から奥地までヨシやスゲの湿原が広がり、湿原の所々に生える木々が、まさに太古の自然を感じさせます。この湿原には、塘路湖をはじめ、周辺のシラルトロ湖釧路川とその支流ヤチナマコなどの底なし沼が点在しており、いかにも国内屈指の水と動植物の楽園です。その湿原のある釧路湿原国立公園は、面積が22,070haと国内最大であり、東京23区に匹敵する面積です!大昔は海の中にあった釧路湿原は、4千~6千年前には次第に海水が退かれ、泥や砂が溜まり、現在の湿原が誕生したのです。そのため、このあたりの地形は『泥炭層』で構成され、この湿原の所々に湖沼が点在しているのも、かつてここが海であったということを物語っています。

 

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アレキナイ川と釧路川の合流地点

先程のアレキナイ川の全長は2kmほどで、川幅が狭かった支流で、釧網本線の線路が見えてきたあたりで釧路川本流と合流します。

周りの川岸から露出する木々や木の枝がまるでジャングルのようです。

 

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釧路川

アレキナイ川から釧路川に入りました。

釧路川は、全長が154kmある道内で4番目に長い一級河川で、屈斜路湖を源流とし、最終的には釧路港を経て太平洋へ流れています。かつては交通の要として栄え、硫黄や木材などの物資はこの川を下って運んでいたといいます。そして、この川にはダムなどの人工物が一切無く、上下流の高低差は120メートルしかないことから、国内で有数の穏やかな川です。そのため、この湿原に生息する動植物が豊富で、タンチョウやオジロワシ、シマフクロウ、キタサンショウウオ、エゾシカなどの生き物が暮らしやすい環境ともいえるでしょう。釧路湿原を流れるこの川には、アメマスやニジマス、カワゲラ、イトウなどの魚が暮らしています。

ビクティニ:釧路川は大きな川の割には、流れが静かで落ち着くね・・・。湿原の澄んだ空気も心が洗われる・・・。

ミュウ:あとはタンチョウも出てくればいいんだけどね・・・。

 

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釧路湿原のシンボル タンチョウ

釧路湿原のシンボルといえば、やはりタンチョウです。

釧路湿原をはじめ、道東を代表する大変貴重な野鳥で、特別天然記念物に指定されています。

タンチョウは日本最大級の野鳥で、全長が1.4メートルあり、翼を広げれば2.4メートルにもなります。白を中心に、黒や赤を纏った美しいコントラストが日本の野鳥らしく気品に満ち溢れています。かつては日本中で見ることが出来たタンチョウですが、本州ではまず目にすることがなく、日本で見られるのは道東だけです。一時期は絶滅したと思われていた、いわば『幻の瑞鳥』でもありました。そのため、釧路湿原に生息するタンチョウは『湿原の神』(アイヌ語では『サルルンカムイ』)といわれています。冬になると越冬のために餌を求め、この湿原に集まることから、確実に見れるようになりますが、そうでなくても通年見ることができます。もっとも、GWの5月上旬はヒナを育てる時期であるため、湿原の奥地にいることが多かったりします。なので、川岸ではなかなか見れなかったりするのですが、今回は偶然にも1羽のタンチョウを拝むことができました。

ちなみに本来のタンチョウ(中国などの個体)は、越冬する渡り鳥ではあるのですが、釧路湿原に生息するタンチョウは渡り鳥ではなく、いわゆる留鳥なのです。そのため、釧路湿原のタンチョウは通年目にすることができます。

タンチョウの他にも、アオサギやクマゲラ(キツツキの仲間)などの野鳥にも出会えます。

 

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湿原上空を飛び回るオジロワシ

この湿原の上空には、オジロワシやオオワシなどの鷲が優雅に飛び回っています。オジロワシは、タンチョウと同様に留鳥で、こちらも釧路湿原で通年見ることができます。

 

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エゾシカ
釧路湿原には、エゾシカもたくさん生息しています。

この湿原ではもちろん、道内なら至るところで出くわしたりします。特に道東や道北ではよく目にすることが多いです。エゾシカはニホンジカの一種であり、文字通り北海道のみ生息するシカです。普段は茶色の体に白斑模様をしていますが、冬になると毛皮の模様は黒色っぽくなります。そして雄は角が生え、年ごとに生え変わります。かつては乱獲や大雪などで一時期は絶滅しかけましたが、近年は次第に増加しつつあり、平成30(2018)年には66万頭を記録するほどにまで増えています。そのため、農林業への被害貴重な植物などへも被害がおよび、あるいはJRの線路や道路へ飛び出したり居座ってしまうことも多いため、自動車や列車が衝突事故を起こしてしまったりすることも珍しくありません。しかし、最近はその個体数を減らすため、捕獲が行われています。そして捕獲されたエゾシカは鹿肉として道民の食卓などで活用されています。

 

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釧路湿原の木々に生える若葉

この時期の釧路湿原は、ヨシやスゲなどの植物が枯れ草のままですが、岸辺や陸地に生える木々には既に若葉が茂っています。湿地の植物も、次第に新しい芽を出して夏には緑に染まっていくことでしょう・・・。

 

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カヌーの終点 細岡サイド

さて、塘路湖から約8~9キロほど下ってきたところで、細岡サイドに到着です。この後は先程の集合場所に戻り、大きな荷物をまとめてから網走方面へ列車で向かいます。

 

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途中で偶然見かけたタンチョウ

先程の元村ハウスぱるへ帰る途中で、2羽のタンチョウを見つけました!タンチョウは湿原だけでなく、人里にも現れることもあります。畑に佇むタンチョウはまさに風光明媚な風景です。

 

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塘路湖

次の列車まで1時間半ほどあったので、塘路湖周辺を散策してみます。

『塘路湖』は釧路湿原で一番大きい海跡湖です。

この湖は標高8メートル、周囲約18km、面積が約6.37k㎡、最大水深が7メートルあります。この湖は『ト・オロ(沼のある所)』から由来になっています。周辺のシラルトロ湖達古武(たっこぶ)沼も海跡湖であり、それらをあわせて『塘路三湖』といい、こちらの塘路湖では、イトウやトゲウオ、ワカサギ、コイ、ウグイなどの魚が生息するため、カヌーの他に釣りもできます。冬にはワカサギ釣りも楽しめます。それらの湖もかつてはここが海だった場所であるということを窺わせます。また、周辺にあるサルボ展望台やサルルン展望台からは、釧路湿原や塘路湖が見下ろせます。

 

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北海道集治監釧路分監本館
散策してみると、一際目立つ洋風な歴史的建造物を見つけました。

この建物は昭和44(1969)年12月、北海道立標茶農業高等学校敷地内に既設されていた北海道集治監釧路分監本館を標茶町発祥の地であるここに移築復元されたものです。そして、翌年の6月に強度の開拓資料や動植物などの標本展示を目的として『標茶町郷土館』として開館しました。

明治期には国事犯などの囚徒が激増していたため、収監に悩ませていた政府によって明治18(1885)年に標茶町に釧路集治監が設置され、この建物はその庁舎として明治19(1886)年に建てられました。そして、明治34(1901)年の廃止までの約16年間、収監された囚徒たちにとっては、言葉に言い表せないほど苛酷な労働が強いられていたそうです。その後は陸軍省所属となり、軍馬の飼育施設として使われ、戦後には昭和32(1957)年まで北海道立標茶農業高等学校の庁舎として使われていましたが、新校舎の落成から長い歴史に幕を閉じます。そして、『重要な歴史文化財』として後世に残すため、復元されることとなり、移築後は『標茶町郷土館』として平成29(2017)年8月まで使用されました。こうして、北海道開拓史における歴史を物語る上では欠かせないものとなり、昭和41(1966)年には標茶町文化財第一号、平成21(2009)年には経済産業省の近代化産業遺産として、平成30(2018)年11月には北海道遺産に認定されました。

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塘路湖エコミュージアムセンター

塘路湖エコミュージアムセンターにも立ち寄ってみます。

釧路国立公園には、釧路市、釧路町、標茶町、鶴居村に渡って広がる国立公園です。そのうちの塘路駅の周辺には細岡展望台、コッタロ湿原展望台、サルボ展望台、サルルン展望台の4つの展望台があり、塘路駅からはレンタサイクルを借りて回ることができます。先程通ってきたアレキナイ川はちょうど塘路駅の裏側を通っていたんですね。

 

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釧路湿原との暮らしと時代の変遷
釧路湿原は、古くから道東の人たちの生活とともにあったエピソードがあります。

釧路湿原の周囲には縄文や擦文時代の遺跡をはじめ、土器や石器、貝塚などが出土されています。それは、この湿原ならではの自然の恵みを受けて暮らし、当時の人々はその自然とともに生活を歩んできたのです。しかし、戦後の1960年代より人間の手によって農地および住宅地の開発などで、湿原の面積が当時の6割にまで減少しました。このことから、貴重な 湿原の価値観を見直すべく、昭和55(1980)年にラムサール条約湿地となり、今でも釧路湿原の景観と向き合わなければなりません。

 

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釧路湿原 水の生き物
釧路湿原の生命線とされ、湖沼や川に生息する生き物たちも、その水なしでは生きていけません。

そして、釧路湿原に生息する『トンギョ(トゲウオ)』も代表的な魚ですが、そのトンギョにもいくつが種類がいます。『トミヨ』『イバラトミヨ』『エゾトミヨ』は背びれに8~12本ほどの棘を持ち、4~6月には雄が岸辺の水草に巣を作り、底に雌が産卵をします。そして、雌は稚魚が巣を離れるまで子育てをします。この湿原の中ではイバラトミヨが最も多く生息しています。

イトヨは背びれに大きな棘を3本あり、一回り大きい棘は7~8cmほどあります。4~6月の産卵期には雄は目と体側は青、腹部が赤くなります。雄は川底に細い溝を掘り、枯れた草の根や繊維を集めて巣をつくります。そして卵が孵化し、稚魚が泳げるようになるまで、つきっきりで保護するのです。

また、ウチダザリガニのような外来種は、この湿原の生態系を脅かしているのも環境問題とされています。

 

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釧路湿原の生き物たちの生活を支えるヤチハンノキ
釧路湿原に生息する野鳥たちは、という住処も欠かせません。

その中で、ヤチハンノキは、木の枝にオジロワシなどの巣、あるいは枯れた幹に棲み着く虫はキツツキたちにとって恰好な餌場になっています。特にアオサギにとっては巣作りをするのに最適の場です。

その役割を果たしているヤチハンノキは川岸などに生え、釧路湿原の景観を保つ植物の1つです。しかし、その湿原自体は道場の栄養分が低いため、大きく成長することができないことから、夏でも枯れてしまいます。その根本から新しい芽を出し、数本の幹を伸ばしています。これは幹が一本のハンノキは種子から成長してできたものとされています。このように何代かにわたり樹林が成形されているのだということが実感できます。これも、湿原ならではの生態系ということですね。

 

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地元の子供たちがつくった釧路川のマップ エゾシカとの衝突事故

ミュージアム内の掲示板には地元の小学校の子供たちが作ったと思われる釧路川の地図と生態系の発表が飾られています。地元の子供たちも釧路川の素晴らしさを理解しているようです。

道東では、エゾシカがよく出没するエリアで、所々に『動物注意』の標識が立っていたりしますが、そうでなくとも突然シカが飛び出してくることがあります。特に夜間や早朝は、頻繁に活動しやすいので、その時間帯に運転する時は、さらに注意を払わなければなりません。

 

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太陽光発電建設で生態系が懸念される釧路湿原

今年でラムサール条約に登録されてから40年経ち、かつては絶滅の心配がされていたタンチョウの生息数は千羽以上にまで回復はしたものの、最近は太陽光発電の建設による生態系への脅威が懸念されています。特にキタサンショウウオへの生態が心配されています。キタサンショウウオは釧路湿原の他は北方領土でしか確認されていないため、非常に貴重な生き物です。また、釧路湿原に生息するタンチョウの個体数回復のため、できるだけ人との関与を減らそうという動きも出ているようです。

 

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個体が増えたタンチョウへの給餌問題
タンチョウは、特別天然記念物に指定されるほどとても重要な野鳥ではあるのですが、個体数が増えた一方で、給餌量が不足しているのが問題になっています。

タンチョウが冬になると釧路湿原に集まるのは、実をいうと冬は餌の確保が難しく、この湿原の数カ所に設置された給餌場では確実に餌が確保できるため、その餌を求めるために道内中から集まってくるのです。しかし、あまりにも個体数が多いがために、給餌しきれないのを理由に給餌の削減と「自立してほしい」という声も挙がっています。そのため、鶴居村の農家や牛舎などにタンチョウが侵入してきて困っているという声もあるのだとか・・・。だからといって、タンチョウを餓死から守る方法を考えるのも課題になっています。最近はタンチョウは釧路湿原だけでなく、十勝平野をはじめ、胆振地方、日高地方、宗谷、オホーツク海沿岸などでも見かけることがあるようです。

 

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殖民鉄道
大正時代の道東は、まだ道路が整備されていない時代は、馬車汽車などが大活躍という時代でもありました。

その当時は、作物や生活用具の運搬などをはじめ、開拓民の生活の足として、馬車鉄道が敷かれることになりました。標茶では、標茶線を始め、多くの路線が敷かれ、多くの地域の人々の交通の足となりました。大正時代は馬を用いた、いわゆる馬車鉄道が主流でしたが、昭和に入るとガソリン車が導入されます。しかし、現代の鉄道とは違い、信号設備などがないことから、乗客の安全は保証されていなかったのだそうです。

 

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簡易軌道
かつての道東には『簡易軌道』と呼ばれる、小さな鉄道が通っていたのです。

簡易軌道も殖民鉄道と同様に、開拓民の足として拓殖(開拓すること)を目的に敷かれたもので、釧路湿原などのような泥炭地でも軌道が敷ける鉄道です。しかし、鉄道の部類とはいえ、地方鉄道法や軌道法に基づいていない、いわゆる「未開拓地における道路の代わり」を担うためのもので、本来の鉄道とは全く異なるものだったのです。当初は馬車でしたが、のちにガソリン車が導入されます。また、信号などが無く、事故やトラブルが起きたりすることもザラだったといいます。

標茶における簡易軌道は、殖民軌道としての運行から始まりましたが、従来の馬車輸送では交通事情が不安定でした。そこで、その問題点の解決および交通の確保を目的に、『簡易軌道』敷設されることになり、標茶線では昭和33(1958)年、幌沼線では昭和41(1966)年に開通されます。ところが、沿線地域の離農が始まり、これまで簡易軌道で行っていた生乳の輸送は、次第にトラック輸送へ切り替わり、昭和46(1971)年に簡易軌道は廃止となり、簡易軌道の歴史は昭和40年代後半を皮切りに幕を閉じたのです・・・。

 

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塘路駅

さて、網走方面へ向かう列車の時間が近づいているので、塘路駅へ送ってもらいました。塘路駅の駅舎もログハウス仕様でいい雰囲気です。

ビクティニ:さあ、もうじき列車が来るはずだ・・・。それにしてもさっきはタンチョウが見れてよかったね。

ミュウ:オジロワシもかっこよかったね。

 

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塘路駅 時刻表

釧網本線の列車本数は、とにかく少ないです。列車間隔が1~5時間に1本で運転されています。特に日中は、網走方面が9:27発の次がなんと14:46発、釧路方面も13:03発の次が18:12発といずれも5時間もありません。なので、塘路のカヌー体験の集合現地に列車で訪問する場合は、列車の時刻をよく調べてから行かれることをおすすめします。

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普通列車 網走行き

釧路方面からやってきた普通列車の網走行きに乗車します。普通列車は基本的に1両編成で運行されることがほとんどのようです。普通列車はキハ54系500番台で運行されます。

 

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釧網本線の車窓から見る釧路湿原

16:36 塘路駅を出発

塘路駅を出た列車は、風光明媚な釧路湿原を後にし、網走へ向かって進んでいきます。夕暮れに入る釧路湿原の車窓もまた、いい感じに美しく写っています。

 

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釧路湿原を駆け抜ける車窓

釧網本線の車窓には、釧路湿原の景色が流れるように進んでいきます。

水たまりに生える木々もいかにも湿原という雰囲気が出ています。この風景は茅沼駅まで楽しめます。冬になると『SL冬の湿原号』も走るようになり、雪の釧路湿原にSLの旅というのも、楽しみの1つです。

 

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標茶駅
標茶駅まで来ると、釧路湿原はこれでおしまいになります。

この駅からはかつての旧国鉄標津線が中標津方面へ続いていましたが、国鉄民営化後の平成元(1989)年には廃止になっています。標茶はアイヌ語で『シペッ・チャ(大きな川のほとり)』に由来しています。つまり釧路川が流れているというのが印象的な町ということですね。ちなみに冬期には『SL冬の湿原号』もやってきます。

 

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釧網本線 弟子屈付近の車窓

釧路湿原を抜けた釧網本線の列車が弟子屈町に入ると、車窓はだんだん牧草地へと風景が変わっていきます。このあたりから牧場や農地が多くなっています。

ビクティニ:さっきまで湿原を走っていたのがうそのように車窓の景色が変わったね・・・。

ミュウ:一気に寂しい風景になっちゃったかも・・・。

 

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摩周駅(旧弟子屈駅)

摩周駅は、弟子屈町の中心駅で、摩周湖屈斜路湖など、阿寒摩周国立公園の最寄り駅です。

かつては『弟子屈駅』という駅名だったのですが、全国的に有名となった摩周湖を生かしたネーミングセンスから、平成2(1990)年に『摩周駅』へ改称されたとのこと。また、駅には足湯も設けられています。

 

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川湯温泉駅

川湯温泉駅は、文字通り川湯温泉(弟子屈町)はもちろん硫黄山も最寄り駅です。この駅は観光駅ということもあり、駅の事務室や貴賓室に当たる部分にはレストランが設けられており食事ができる他、足湯も設けられています。なお、最寄りの川湯温泉までは4kmほど離れているので、タクシーかバスを利用することになります。

ビクティニ:川湯温泉にも入ってみたいかも・・・。

ミュウ:駅舎もいい雰囲気だもんね。

 

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釧網本線 野上峠
釧網本線の川湯温泉駅~緑駅は『野上峠』という峠越えの区間があります。

釧網本線は釧路~川湯温泉が釧路管内、そして緑~網走がオホーツク(網走)管内になっています。しかも、途中で珍しく1箇所だけトンネルがあります。さらにこのあたりはエゾシカが出没しやすいので、突然シカが飛び出してきた時には汽笛が炸裂です!

 

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緑駅

緑駅は周辺が深い森に囲まれた小さな駅です。

この駅では交換待ちで何分か停車します。ちなみに『緑』というシンプルな駅名になったのは「緑の囲まれた静かな土地」からなんだそう。

 

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ルパン列車とすれ違う

緑駅で列車交換していると、なんと『ルパン列車』がやってきました!

 

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釧網本線 清里町~斜里町
峠を越えると、今度はじゃがいも畑が広がるの田園地帯の中を駆け抜けます。

というか、湿原から牧草地、深い森の中、だだっ広い畑という車窓の景色の変化が楽しいですね。

ビクティニ:だんだん日が暮れてきたね・・・。

ミュウ:乗車してから1時間半は経つね・・・、北海道ってこんなに広いんだね・・・。

 

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知床斜里駅

18:29 知床斜里駅に到着

その名の通り、世界遺産『知床』の玄関駅で、ウトロや知床五湖などへの観光の拠点となっています。そのため駅前にはホテルがいくつかあり、ウトロ方面へ向かう路線バスも出ています。

この駅では25分も停まります。別にこの駅で列車の交換待ちということもないのに、なぜそんなに長時間停車するのかはよくわかりません・・・。もしかしたら知床から路線バスの接続待ちかもしれません。

ビクティニ:明日は知床へ行くことになるだろうね・・・。

ミュウ:それにしても停車時間が長い・・・。

 

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オホーツク海が見える車窓
知床斜里駅を出ると、今度は右側の車窓にはオホーツク海が見えます。

冬になると流氷が見られます。もっとも、この時間帯では真っ暗で海がうっすら車窓に映るだけです。

ビクティニ:海が見えるけど、すっかり真っ暗になっちゃった・・・。

ミュウ:さっきまで山や林の中を走ってきたのが、海の景色になっちゃったね。

 

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夜の浜小清水駅

浜小清水駅を過ぎる頃には、完全に真っ暗になってしまいました。このあたりは『小清水町』という町で、じゃがいもの産地で知られており、『原生花園』もあります。

 

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夜の北浜駅

夜の北浜駅は、木造駅舎に淡い明かりがちょっとシュールな雰囲気です。夜のオホーツク海の潮騒や北の風が感じられる駅はいかにも『最果ての駅』という印象が強いです。

 

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網走駅 到着

19:45 網走駅に到着

塘路駅から釧網本線の列車に乗車してから3時間・・・ようやく目的地の網走駅に到着しました。

網走に到着した頃には、完全に夜です。網走市はオホーツク海に面した町で、『網走監獄』で有名です。

ビクティニ:長かったな・・・。ようやく網走に着いたよ・・・。

ミュウ:お腹が空いたね・・・。

 

 

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網走で夕食

さあ、お待ちかねの夕食タイムです!

網走で美味しい焼肉屋さんをネットで見つけたので、先程の列車で予約の電話を入れておきました。本日の夕食は『網走ビール館』で食事にしました。道東の牛肉を使った焼き肉やご当地ビール『網走ビール』がいただけます。また、石焼ビビンバも絶品です。

ビクティニ:網走にこんな美味しい焼肉屋があるとは思わなかった!いただきます!・・・うますぎる!

ミュウ:これは美味しい!

シャワさん:たまには焼き肉もいいものだ!

ゴンベ:いただきますだ~!ガツガツ・・・石焼ビビンバ最高だっぺ!

にょろもう:ぼくにもわけてよ・・・。

作者:網走ビールうまい!!(煉獄さん風)

tabelog.com

 

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網走のホテル

今晩は網走で一泊して、明日はレンタカーでクルマを借りて網走監獄を観てから知床へ向かいたいと思います・・・。

travel.rakuten.co.jp

 

『GW道東紀行2日目』終わり

3日目へ・・・