ビクティニと昔ロマンのブログ

好きなポケモンと旅行に出掛けたり、鉄道名所(景観路線や歴史ある鉄道スポットなど)スポットめぐりや風光明媚な鉄道旅、日本の観光地の歴史や景観めぐりなどを紹介するコーナーです。よろしゅうお願いします。

ジオパーク・翡翠のまち糸魚川 海岸に散らばる宝石&フォッサマグナの秘密

皆さんこんにちは。

今回は新潟県のジオパークの1つとされる糸魚川市に訪れました。

皆さんは糸魚川といえば、『糸魚川静岡構造線』という活断層に位置するというイメージが付くでしょう・・・。それもそのはず日本国土のほぼ中央を通る構造線はいわゆる『フォッサマグナ』と言われる活断層が北側の糸魚川から南側の静岡まで走っています。

そんな糸魚川市のある海岸では・・・なんと!翡翠(ひすい)というエメラルドグリーンの石をはじめ、他の地域では見ることのできない、あるいは他とは違う模様や形をしたカラフルな石がお目にかかれるということなのです。

 

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ヒスイ海岸(糸魚川海岸)
糸魚川の海岸では、小滝川ヒスイ峡から流れてきた翡翠原石『姫川』という川を伝ってこの海岸に流れてくるのです。そして、この海岸は糸魚川静岡構造線(フォッサマグナ)に位置しているため、そこらの普通の砂浜とは違い、砂利または小石によって成形されています。糸魚川市街に一番近いヒスイ海岸(糸魚川海岸)はその名の通り翡翠が転がっており、運が良ければルビーサファイアなどが見つかるのかもしれません。他にも青海海岸親不知海岸、さらに富山県の朝日海岸などで翡翠探しをすることができます。これらの地点の海岸で拾った石は記念に持ち帰ることもできます。ただし、翡翠原石の眠る小滝川ヒスイ峡では、天然記念物に指定されていることから、採取はできません。

また、このヒスイ海岸糸魚川ジオパーク名所の1つとされ、天気が良ければ夕日も拝められます。

 

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糸魚川の海岸で翡翠探し

糸魚川で採れる翡翠は基本的に白色緑色が混ざったものが特徴と言われていますが、他にも青色ラベンダー黒系など多彩な色の翡翠が存在します。また、角ばっているものもあれば丸まっているものもあります。

翡翠探しと言っても、素人目線ならどれもカラフルな石ばかりでどれが翡翠か分かりにくいです。中には原石の翡翠によく似た『キツネ石』も存在します。キツネ石は硬玉(ジェダイト)ともいわれ、いわば宝石の1つ一見ヒスイだと思って拾った石ヒスイでなかったというのがあたかもキツネに騙されたようであることから、その俗称になっているようです。また、非常に酷似していることもあり、専門家でもなかなか見分けが付きにくいと言われています。
翡翠の他にも、流紋岩や安山岩、玄武岩、石英、玢岩(ひんがん)、花崗岩、砂岩、泥岩、チャート、蛇紋岩など、様々な岩石も散らばっています。そのため、翡翠の原石を見つけるのはなかなか難しいでしょう・・・。

ビクティニ:どれが翡翠なのか分からないな・・・。たしか白か緑色で透明感のある・・・。どれもきれいな石だからハズレはなさそうだけど・・・。

ミュウ:カラフルな石でいろんな形をしているね・・・。丸い石もあれば尖った石もあるよ・・・。

 

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糸魚川の海岸で拾った石

海岸で実際に拾った石は、先述の通り持ち帰ることができます。ただ、あまり拾いすぎるとせっかくのジオパークに申し訳ないので、石を持ち帰るのは程々に・・・。

ところで、この海岸に限らず、糸魚川周辺の海岸で拾った石はある博物館で鑑定してもらう事ができるのです。

ビクティニ:さあて、我々が拾った石はどんな種類かな・・・?早速鑑定してもらおう!

ミュウ:そうだね。

 

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フォッサマグナミュージアム

先ほど拾った石は『フォッサマグナミュージアム』で鑑定を受けることができます。

糸魚川駅から少し離れたところにあるので、アクセスとしては駅でレンタサイクルするか、タクシーまたは路線バスで行くことになります。

この博物館では糸魚川特有の石である翡翠をはじめとする岩石が展示され、またフォッサマグナ(糸魚川静岡構造線)についての成り立ちなどを知ることができます。

※令和2年現在では例の病気で石の鑑定は行っていないようです。

ビクティニ:鑑定しようと思ったら、やっぱり例のアレで鑑定してもらえなかった・・・(´・ω・`)

ミュウ:残念だったね・・・。

作者:まあ、仕方が無いですな・・・。

 

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新潟や糸魚川の鉱石などが展示されている
そもそも、糸魚川はなぜ翡翠岩石が存在しているのかというと、それは言わずもがな『糸魚川静岡構造線(フォッサマグナ)』という活断層に位置しているのに起因していると思われます。すなわち、その構造線周辺においては災害が起きやすい環境だと言われています。例えば、その周辺に位置している火山(浅間山、富士山、八ヶ岳、白根山など)では噴火が起きやすいとされています。特に平成26(2014)年に御嶽山が噴火が起こったのもフォッサマグナの影響かと思われます。また、北アルプスや南アルプスなどにおいて土砂崩れや地すべりなどの災害も起こりやすいと言われています。しかし、そういった災害もつきものからこそ、地球が生きているという証でもあるのです。

 

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糸魚川の岩石である『翡翠』は変成岩に属している
糸魚川地域における石の代名詞とも言える翡翠は『変成岩』の仲間です。というのも、糸魚川界隈において日本列島で最初の付加帯が出来た飛騨外縁帯に位置していることから、広域変成岩が出現する宝庫とされています。それは糸魚川の岩石の場合、ほとんどの岩石はこれに該当とされ、地殻プレートの変形作用によってできたもので、主に熱や圧力、変形作用の種類によって条件が異なります。特に広域変成岩は源岩が地下深部で高温高圧下にさらされて形成される変成岩であり、高温の条件下で剪断応力をうけることが多いことから、片麻岩や結晶片岩のように縞状構造を持ったり、あるいは鉱物が特定方向に並んで成長するなど、岩石に方向性のある構造が見られるのが特徴とされています。

 

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糸魚川ジオパーク特有の自然が生んだ芸術

糸魚川は翡翠の名所である他、ユネスコ世界ジオパークにも認定されています。

フォッサマグナという活断層に位置することで、他では見られない石や様々な石の種類が見られ、糸魚川は別名『石のまち』として親しまれているのです。そのため、石コンテストも度々行われています。

 

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小滝川ヒスイ峡

糸魚川市街よりやや西側に流れている姫川の支流小滝川には『ヒスイ峡』があり、その名の通り翡翠原石の産地です。

小滝川に明星山の岩壁が落ち込んだ河原一帯で、まさに糸魚川市における翡翠の原点とも言うべき名所です。その一帯は翡翠の原石をお目にかかれることができる場所としては国内有数であることから、その名前がついたとされています。その峡谷で採れる翡翠は微細な結晶が絡み合っていることで、非常に頑丈であるという特徴を持っています。しかし先述したとおり、天然記念物に指定されているため、現地での採集はご法度ですが、先ほどのヒスイ海岸では拾うことができ、しかも駅からレンタサイクル、または徒歩でのアクセスも可能とアクセスが良いので気軽に石拾いができるのです。もっとも、翡翠でなくても、珍しい石はいくらでもあるので、ハズレとは言い難いですがね。

 

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緑色の翡翠

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淡緑色の翡翠

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濃緑色の翡翠
翡翠は緑色、または淡い緑色で、透明感があり、筋が通っているのがいわゆる典型的な翡翠です。翡翠はこの地球上で日本誕生の頃、つまり6億年前の石とされています。翡翠は非常に硬く、比重も高い(とても高い圧力で圧縮された石)もので、半透明かつ光を当てれば光ります。翡翠はもともと古代の宝石として珍重され、玉(ぎょく)と呼ばれていました。
日本においては古代縄文時代の遺跡から翡翠を加工した宝石の原点にもなったとされています。奈良時代以降、日本の翡翠は歴史から姿を消し、海外のミャンマーでしか採掘できないものとされ、日本の古代翡翠の宝石自体も大陸から持ち込まれたものと解釈されてきたといいます。そして、昭和13(1937)年頃に姫川支流小滝川付随にてその原石が発見されたことで、日本においても古代から翡翠文化が続いていたという説を裏付け、その後は翡翠ブームを巻き起こしました。
翡翠は『万葉集』にも詠まれており、古事記によれば日本神話に登場する奴奈川姫(ぬなかわひめ)に出雲国から大国主命より求婚した時にその翡翠を贈ったという神話が残されています(大国主命を奉った出雲大社の真名井遺跡より糸魚川産のものと思われる勾玉が発見された模様)。

翡翠のことを詠まれた万葉集には・・・

渟名河(ぬなかは)の 底なる玉  求めて 得まし玉かも  拾ひて 得まし玉かも 惜(あたら)しき君が 老ゆらく惜(を)しも

この歌の『渟名河(ぬなかは)』現在の姫川のことで、いわば奴奈川姫に由来し、『底なる玉』翡翠のことを指しているものと考えられます。つまり、奴奈川姫は糸魚川の翡翠を支配する祭祀女王であると思われます。
日本において最初に見つかったのは小滝川ヒスイ峡とされていますが、姫川よりやや西側に位置する青海川上流(黒姫山山麓)にもヒスイ峡が存在しており、昭和32(1957)年に国の天然記念物に指定されています。現在、翡翠の原石が拾えるエリアは糸魚川海岸、青海海岸、親不知海岸、富山県の宮崎海岸などの一帯で拾うことができます。

皆さんも、もし糸魚川に訪れた際、時間が許されればスコップやバケツなどを持ち込んで海岸でヒスイ探しをしてみてはいかがでしょうか。運が良ければ素晴らしい翡翠が見つかるかもしれません。

 

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翡翠探しに使われたと思われる伊藤栄蔵の遺物

翡翠の歴史にはこう刻まれています。

  • 約5億年前の古代カンブリア紀、翡翠の誕生。翡翠が沈み込み帯にて熱水から生成、翡翠の中で糸魚川石などのストロンチウム鉱物が誕生。
  • 約7千年前の縄文時代早期、世界最初の翡翠利用。硬くて重たい翡翠が敲き石(ハンマー)として利用される。
  • 約6千年前の縄文時代前期、最古の翡翠の玉。美しい翡翠が垂飾という玉として使われる。
  • 約5千年前の縄文時代中期、翡翠工房。糸魚川市寺地遺跡・長者ケ原遺跡にて翡翠の大珠が作られる。
  • 約3千年前の縄文時代後期、勾玉の誕生。翡翠の勾玉が作られ始める。初期の勾玉はよく見られる典型的な勾玉の形でなく、動物あるいは昆虫に似た形などの勾玉が作られた。
  • 約1200年前の奈良時代中期、翡翠の最後。東大寺法華堂の仏像の王冠に使われて以来、翡翠は使われなくなった。
  • 昭和13(1938)年6月、御風の発想。当時の日本においては翡翠の産地は知られていないものの、古事記などでこの地を治めていたとされる奴奈川姫の持つ翡翠が糸魚川産でないかと相馬御風の考察が始まる。
  • 昭和13年8月、翡翠再発見。御風の考えを知った元糸魚川警察署長こと鎌上竹雄が親戚の伊藤栄蔵にその話を伝えたことで翡翠探しを始め、手始めに小滝川を調査。調査2日目で小滝川支流土倉沢の滝壺にて美しい緑色の石を発見。
  • 昭和14(1939)年7月、翡翠調査。糸魚川病院長こと小林総一郎が親戚の岩石学者の河野義礼(東北大)に小滝川にて発見された緑色の石を送り、大学の研究で翡翠であることが判明。調査のため7月に糸魚川に来たものの、御風とは会っておらず、栄蔵の案内していなかった。代わりに鉱山師の大町龍二の案内で小滝川を調査。後の11月に論文発表。
  • 昭和30(1955)年、青海川ヒスイ峡を発見。青海川の橋立付近に翡翠に似た石があることを地元の建築業こと伊藤武が青海町教育委員会に伝える。青木重孝らとともに調査。岩石学者の茅原一也(新潟大)に調査を依頼。その調査により翡翠が多数集積していることが判明。
  • 昭和31(1956)年6月、小滝川のヒスイ集積地帯が国の天然記念物に指定。
  • 昭和32(1957)年2月、青海川のヒスイ集積地帯が国の天然記念物に指定。
翡翠は縄文時代には道具として、さらに昭和初期には調査が行われていたというエピソードがあったようですね。そして、奈良時代から昭和初期までは翡翠という概念は存在しなかったということですな・・・。しかし、最近ではネックレスや指輪、あるいはコレクションなどでは十分に愛用されていることでしょう・・・。

 

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翡翠の色1

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翡翠の色2

翡翠はたくさんの微細な輝石のなる多結晶の宝石で、主成分としてはナトリウム、アルミニウム、ケイ素、酸素と、わずかに鉄やチタン、クロムも含まれています。

国内においては10箇所以上翡翠産地がありますが、糸魚川周辺の翡翠産地は質や量、さらに歴史上において日本一です。これらの翡翠は日本を代表する石として『国石』に選ばれています。糸魚川の他にも北海道、埼玉県、静岡県、中国地方、四国、九州の一部でも採掘されています。
ところで、翡翠は一般的には緑色というイメージが付きがちですが、他にも白色灰色薄紫色青色黒色の翡翠があり、これらの色が一つの石で複数見られることもあります。すなわち、ヒスイ輝石オンファス輝石に含まれる成分によって色が変化しているからなのです。

翡翠の色の特徴としては

  • 白色 純粋に近いヒスイ輝石からなり、その色となる元素を含まないことから白く見える。
  • 緑色 緑色の濃い部分はオンファス輝石に微量の鉄やクロムが含まれている。
  • 薄紫色 薄紫色の部分はヒスイ輝石に微量のチタンやマンガンが含まれている。
  • 青色 青色の部分はオンファス輝石にチタンと鉄が含まれている。
  • 黒色 黒色の部分は石墨からなり、炭素が含まれている。

 

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圧砕されたヒスイ
地下で岩石が圧力を受けると角礫状に砕けることがありますが、これは『圧砕』と言われる現象です。左側の石に含まれる白い部分は圧砕を受ける際にできたヒスイ輝石、緑色の部分は圧砕後にできた部分です。この現象はプレート(活断層)の動きによって生じるもので、この翡翠という石も地球が生きているということを物語っています。

 

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蛇紋岩や角閃石などの鉱石が含まれるヒスイ
糸魚川で生まれた翡翠は『曹長石』が分解し、ヒスイ輝石となったと考えられてきました。この場合、ヒスイ輝石とともに石英ができるはずですが、実際には糸魚川の翡翠に石英が含まれていないのです。
糸魚川のヒスイはまわりにある変成岩と同様、3~4億年年前に誕生したと考えられてきました。最近、ヒスイの中のジルコンの誕生した年代を調査したところ、糸魚川のヒスイは約5億年前に誕生したことが判明し、それが世界最古級であるということが分かったのです。
現在、考えられるのは、ヒスイ輝石は熱水から誕生したということです。ヒスイ輝石は地下30~80kmかつ温度250~650℃の沈み込み帯でヒスイ輝石に含まれるナトリウム、アルミニウム、ケイ素が主成分として多く溶け込んでいる熱水から誕生したと考えられています。

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熱水中のヒスイ成分の構成

熱水するとNa(ナトリウム)Al(アルミニウム)Si(ケイ素)H2O(水)で結晶化し、NaAlSi2O6(ヒスイ輝石)で構成されます。

地球には厚さ100kmほどのプレートで覆われ、海洋プレートは海溝で大陸プレートの下に沈み込んでいます。そのため、ヒスイはプレートの沈み込み帯の地下深部で生じ、長年の地殻変動で地上までのし上げられてきたのです。
ところが、ヒスイは沈み込み帯の地下深くでできた重い岩石であるため、そのまま地上に出ることはできないのです。そこで、『蛇紋岩』という岩石がヒスイを地上まで運ぶ役目を果たしています。蛇紋岩とは上部マントルにあるかんらん岩から変化してできた岩石のことで、他の岩石より軽いことから、ヒスイを地上まで運べるということです。
蛇紋岩とともに運ばれたヒスイは地球の地殻変動によって砕かれることがあります。そして砕けたヒスイの隙間に鉄やクロムが供給されて緑色のオンファス輝石ができます。これによってヒスイが緑色になる現象蛇紋岩が起因しているということなのです。

 

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糸魚川石
糸魚川では未知の鉱物が発見され、国際的に認められると『新鉱物』と呼ばれています。それが『糸魚川石』と名付けるようになりました。このように新鉱物は産地や人名、成分などから名前が付けられます。糸魚川で発掘されたヒスイ石の中から3種類、他の岩石を含めれば6種類の新鉱物が発見されています。糸魚川で発見された新鉱物は、ストロンチウムを主成分とするもので、ミャンマーや岡山県新見、鳥取県若桜などのヒスイ産地からもストロンチウムを含む鉱物が発見されており、これはヒスイの成因を考える上では重要と考えられています。
これは熱水からヒスイができた際、カルシウムはヒスイ中に入ってもストロンチウムはヒスイに入ることはできずに熱水に取り残されます。そのため、残されたストロンチウムで、糸魚川石などの新鉱物が作られたものと考えられています。

 

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糸魚川で石の種類が多く存在する理由

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蛇紋岩によって運ばれたと思われる岩石
糸魚川にはヒスイの他に様々な種類の石が眠っていることで知られています。このようにヒスイや糸魚川石こと新鉱物などの珍しい石蛇紋岩とともに地中から地殻変動によって上昇してきたのです。その上昇途中で蛇紋岩がヒスイの他に様々な石を持ち上げたことで、糸魚川は『石の宝庫』にもなったと言われています。

 

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火山によって生んだ糸魚川の石

糸魚川の海岸に見られる岩石は山々の地下から運ばれてきます。

それらの岩石の中にヒスイをはじめ、花崗岩、閃緑岩、斑糲岩(はんれいがん)、曹長岩、蛇紋岩など、糸魚川の海岸や断層で見つかっています。『流紋岩』や『安山岩』『玄武岩』など、生まれた場所などはこれらの名前で分かるようになるということ。なおかつ生まれた場所は大昔の様子は想像できるかと思われます。

 

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3億年前のサンゴ礁の生き物
大昔の糸魚川の海にはサンゴ礁があり、それがもとになって青海石灰岩が生まれました。サンゴ礁は火山島の周辺にできたものとされ、火山島は海洋プレートが動く方向に流れ、現在の日本が完成するであろう大陸にサンゴ礁と火山島が衝突しました。年にほんの数センチ~10センチほどの速さで徐々に沈みながらサンゴ礁の土台となった火山島は大陸の方へ流れていったのです。そしてサンゴ礁の生き物たちは火山島の沈降にあわせて上方へ成長を続け、サンゴ礁は約2億6千年前に、将来日本列島になるであろう大陸に衝突しました。サンゴ礁の生き物はウミユリ、四射サンゴ、コケムシ、腕足類、三葉虫などの古代生物が生息していたのです。

 

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土倉沢石灰岩に古代生物が眠る

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ウミユリの茎の化石
小滝川ヒスイ峡より少し上流にある土倉沢の下流に、黒い大きな石灰岩が点在しています。これらは明星山の石灰岩とは違って黒色で、これはまたの名を土倉沢石灰岩といわれています。なぜここまで黒いのかというと、陸に近い浅瀬にあったサンゴ礁から構成されたことから、陸から運ばれてきた有機物が混ざったためです。

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土倉沢石灰岩について
その石灰岩からは、約3億年前に生息していたサンゴやウミユリ、腕足類、石灰藻、有孔虫などの化石が確認されています。含まれている化石の種類も青海石灰岩とは異なります。青海石灰岩の色は白色系海底火山の山頂で堆積した純粋な石灰岩ですが、土倉沢石灰岩は暗灰白色~黒色で泥質層をはさみ、大陸棚で堆積していました。

 

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シリンゴポーラとリソストロチオンが含まれる石灰岩

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ディフィフィルム(四射サンゴ)

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土倉沢で出土された古代生物の化石

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コクリオドゥス(軟骨魚類)の化石

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サイクラス(甲殻類)の化石
土倉沢石灰岩から、約3億年前に陸に近いサンゴ礁に住んでいた様々な生き物の化石が見つかっています。サンゴやウミユリ、腕足類などの他、サメやギンザメの歯、軟骨魚類、甲殻類サイクラスなどの珍しい化石が次々と発見されているのです。また、糸魚川市大所地区では青海石灰岩や土倉沢石灰岩より古い約4億年前のサンゴの化石も見つかっているようです。今後も新たな化石が見つかるでしょう・・・。

 

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日本の石灰岩分布
日本列島の土台を構築する地層や岩石は、日本海側が最古とされ、太平洋側に向かって新しくなっていきます。これらの土台の石の大半は海底の岩盤によって運ばれてきた石が、泥や砂などと混ざってできた地層です。それらの地層の中に点々と並んでいる石灰岩は、南の海から運ばれた1~3億年前のサンゴ礁4億4千年~2億5千年前に大陸の近くにあったサンゴ礁がもとになったとされています。つまり、サンゴ礁や石灰岩が日本列島の形状の礎になったといっても過言ではありません。

 

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来馬層群で発見された化石

糸魚川市には恐竜時代の地層が2種類存在します。その中の『来馬層群』と呼ばれる地層は、約2億年前のジュラ紀の時代にできた地層です。

来馬層群は、大陸の東端、川から浅い海、湖底などに運ばれてきた泥や砂などがたまり、それらが長い年月をかけて固い岩石になったものです。その地層からはアンモナイトをはじめ二枚貝、植物の他に恐竜の足跡化石などが発見されています。また、最近では中生代ジュラ紀に生息していた硬骨魚類の化石が見つかっています。

 

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1億年前の石
かつてはアジア大陸の一部分とされた糸魚川には大きな川が流れ、平地では恐竜が生息していたのです。地下ではマグマが活発であり、地表では火山噴火も頻繁に起こっていました。後の『親不知』『勝山』『白鳥山』をつくる石、あるいは『薬石(やくせき)』といわれる石はこの時代につくられました。また、火山の噴火により、溶岩(安山岩や流紋岩)が流れ、火山灰(凝灰角礫岩や凝灰岩)が積もりました。
  • 薬石 マグマが固まってできた石(石英斑岩や流紋岩)で、茶色のしま模様は鉄の成分が地下水とともに石に沈み込んだもので、表面にできた小さな穴や粘土鉱物によって吸着作用があり、やかんやお風呂にに入れると水が綺麗になると言われている。
  • 花崗岩 マグマが地下深い場所で固まってできた原石で別名『御影石』と言われている。
  • 凝灰角礫岩 火山の噴火によってできた石で、溶岩の破片や火山灰からできている。
  • オーソコーツアイト 礫岩中の礫の中から見つかり、もともとは砂漠の砂(石英の粒)が5~8億年前に固まってできたものと言われている。

 

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フォッサマグナ
フォッサマグナは『糸魚川静岡構造線』『柏崎千葉構造線』に挟まれたエリアにあります。フォッサマグナには新潟県の上越エリアの他は長野県静岡県東部群馬県埼玉県東京都神奈川県千葉県の一部が含まれています。実はこのフォッサマグナこそ、日本列島が誕生した直後に2つの大陸に挟まれた『大きな溝』でした。そして、2つの大陸に分かれていた大きな溝は『新しい地層』によって埋められます。これが、今の『日本列島』となるのです。

 

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2千万年前の日本列島
日本列島はもともとアジア大陸と陸続きでしたが、2千万年前、マントル層からの熱い上昇流によって火山活動が起こり、アジア大陸と分断しはじめ、後の日本海のフォッサマグナになる落ち込みが誕生したのです。後に日本列島となる陸とアジア大陸を挟む落ち込みはやがてになります。

 

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2千万年前の化石

日本海がまだ湖だった頃、昆虫や淡水魚の化石が見つかっています。これは日本海が湖だった証でもあるのです。

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1千5百万年前の日本列島
湖は次第に広がっていき、やがては『日本海』になります。さらに日本海には多数の海底火山ができました。そして、フォッサマグナ地帯である落ち込みに海水が浸入し、『フォッサマグナ海峡』ができます。

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1千5百万年前の化石
フォッサマグナ海峡ができた時の証として、ニシンやススキなどの海の魚の化石が発見されています。

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1千2百万年前の日本列島
フォッサマグナ海峡は『砂岩泥岩互層』の動きによって次第に埋め立てられていきます。これは大地震によって起こった海底地すべりによってできた地層です。すなわち、『新しい地層』こと『フォッサマグナ』砂岩と泥岩によって支えられてできたものといっても過言ではないと思われます。

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海底の流れの跡
これはフォッサマグナ海峡を埋める時の地層です。この海底の流れの跡が、フォッサマグナ地帯が『大陸』と化していることが十分に物語っています。

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1千2百万年前の化石
フォッサマグナ地帯で発掘された化石には魚類や貝類が多く含まれ、いかにもフォッサマグナ地帯がかつては海の中にあったということを物語っています。

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フォッサマグナは海から大陸へ・・・
そして、日本列島は、徐々に隆起を始め、フォッサマグナ地帯はからへ変貌していきます。大地は山地や丘陵、盆地、平野などに別れていきます。山地や丘陵は、地震を起こしつつも隆起し、火山が誕生し、日本列島は地震と火山大国となりました。しかし、度々起こる地震や火山の噴火など自然現象、いわば地球が生きているという証であり、日本列島が生きている証でもあるのです。これが、典型的なイメージかつ現在の『日本列島』の形になったということですね。

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火山の噴火によってできた岩石
火山の噴火やプレートの動きによってできた岩石は、『安山岩』『火山礫凝灰岩』『玢岩』などは火山の溶岩の一部でもあります。もともと溶岩だった岩石は庭石や灯籠など、あるいはインテリアとして重宝されています。

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ナウマンゾウの臼歯

糸魚川市には氷河期に生息していたナウマンゾウの歯も発掘されているようです。氷河期の人類においては狩りして生活していたことから、ナウマンゾウなどの動物の歯からは槍など『狩りをする道具』として利用されていたのでしょう。

 

『石』人類において無くてはならぬ存在であり、古代から現代にかけて我々の生活とともにあったのです。

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石斧(石器)
古代では狩りなどに使われる石器として使われたりしていました。用途によっては岩石の密度、粒度、割れ方などの特性を生かして使われました。これらの石斧は糸魚川で採れた軟玉(ネフライト・透閃岩石)が使われました。これは3万年前のものです(世界最古の石斧)。

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縄文土器
土器は文字通り土を練って粘土状にし、特定の形に整えた後、乾燥させ、野焼きで焼き固めたものです。現代で言うところの『焼き物(陶器)』といったところでしょうか。土器の発明により、あく抜き、煮炊き、煮沸などの調理ができるようになり、人類における定住化の基礎にもなったのです。

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小滝炭鉱
高浪の池の南方には炭鉱があり、明治から昭和にかけて石炭が採掘されていたようです。しかし、それらの石炭は恐竜時代の植物化石が石炭に変化したもので、なんと日本では珍しい無煙炭だったそうです。

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橋立銀山

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金鉱石
青海川支流金山谷の最上流には橋立銀山の採掘現場があったようです。明治時代以降に隆盛し最盛期には千人ものの鉱夫が働いており、電灯や電話が初めて使われていたそうです。

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石灰石鉱山
約3億年前のサンゴ礁は今や石灰岩となり、セメントや有機化学の原料になっており、石灰岩から作られたカーバイトと水を反応させると有機物のアセチレンガスができます。そのガスからゴムやプラスチック、接着剤の原料などにも用いられています。

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新潟では石油や天然ガスがよく使われる
江戸時代の雪国生活を紹介した『北越雪譜』の中に能生の天然ガスのことが書かれています。それはフォッサマグナの地層中に天然ガス石油が含まれているからなのです。現在でも家庭に天然ガスが引かれ、生活に使用されています。フォッサマグナ地帯に含まれる新潟県では、国内の石油天然ガス生産量の約7割を占めていると言われています。

 

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地球の歴史や時代の名残を後世に伝える化石たち
地球誕生から約46億年・・・。その歴史の中で地球上に生を受けた生物たちは夥しい数ですが、化石として残るものはほんの一握りでしかありません。これらの化石は我々現代人に太古の地球の時代、あるいは当時の環境を伝える貴重な産物であるということなのです。

 

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鉱物に含まれる元素
鉱物に含まれる元素や周囲の環境によってその鉱物の色や質などが変わってきます。元素記号といえば、中学や高校の理科の授業で習ったことがあるかと思いますが、これらの元素を組み合わせることで、様々な結晶・鉱物が生み出されるのです。

 

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新潟県で発掘された岩石・鉱物・化石
新潟県は米どころというイメージが付きがちですが、実は鉱物や岩石、化石が採掘されることでも有名です。特に佐渡や糸魚川では、鉱物や岩石の宝庫でもあるのです。

皆さんももし糸魚川に足を運ぶ機会があれば、ぜひ海岸で石拾いに出かけて、素敵な翡翠の石を見つけてみてはいかがでしょうか?

 

『ジオパーク・翡翠のまち糸魚川 海岸に散らばる宝石&フォッサマグナの秘密』をお伝えしました。