ビクティニと昔ロマンのブログ

好きなポケモンと旅行に出掛けたり、鉄道名所(景観路線や歴史ある鉄道スポットなど)スポットめぐりや風光明媚な鉄道旅、日本の観光地の歴史や景観めぐりなどを紹介するコーナーです。よろしゅうお願いします。

奄美大島&鹿児島旅行記 2024GW 1日目 世界自然遺産の島“奄美大島”に上陸 ウミガメと大島紬と海の夕焼けと・・・

皆さん、こんにちは。

 

2024年のGWは、奄美大島鹿児島へいってきました。

 

奄美空港

奄美大島鹿児島県にある離島で、九州本土と沖縄のほぼ中間に位置しています。

ここは鹿児島県本土から直線距離にして約380kmほどとかなり離れています。国内の離島における面積としては、佐渡島や沖縄本島に次いで3番目に大きく、総面積712.36km²あり、人口は約6万人ほど。離島とはいえども奄美大島の面積自体が結構広いのです。一見気軽にドライブできそうという印象が持たれがちですが、実際には結構時間がかかります。例えば、ここ奄美空港から瀬戸内町の古仁屋まで普通にクルマを走らせるだけでも、約70kmはあるので約2時間もかかります。

 

奄美大島の位置
奄美大島は、亜熱帯海洋性気候と呼ばれる気候区域に属する地域です。

亜熱帯は、北緯20~30度に位置する熱帯と温帯のちょうど中間の気候のことをいい、熱帯気候ほど暑くなく温帯気候ほど寒くはない、年間を通して比較的落ち着きのある気候だといえるでしょう。気候的にはほぼ常夏という環境で、最低気温は冬でも10℃を下回ることもほとんどないそうです。そのため、冬でもそれほど寒くなく、逆に夏になると35℃を超える日もあるといいます。

また、奄美大島は1年を通して降水量が全国的に多いということです。

降水量は150mmを上回り、とりわけ奄美地方において5月から6月の時期がピークで、特に6月の梅雨期が顕著に多くなります。

ちなみにこれは重要なことですが、奄美大島こそ風景的に沖縄と良く似ていますが、ここも含め与論島までの奄美群島は沖縄県ではなく鹿児島県です(大事な事なので2回も述べました)。

アクセスとしては東京の成田もしくは羽田空港、大阪から直行便が出ている他、福岡や鹿児島空港からも数便出ており、東京から鹿児島空港で乗継便で行くこともできます。また、鹿児島港からフェリーも出ているので、フェリーでのアクセスも可能です。

さて、今回は7時の奄美行きの便に間に合させるため前泊のホテルで朝4時半に起床し、成田空港からピーチ航空でやってきました。東京から奄美大島までは飛行機にて2時間ほどで到着します。

ビクティニ:おお、ここが奄美大島か!4月なのに暑い。もう夏だな~

ヤドキング:素晴らしい!ここぞわがふるさとにふさわしい

ところん:なるほど、ここが奄美大島ですね!まるで沖縄のようです

サンドパン:おお、暑いぜ!ハワイにいるみたいだ

ビクティニjr:あついな~。なにか飲みたい

 

用安海岸
奄美空港からクルマで10分ほど名瀬方面へ走らせた所に“用安海岸”というビーチがあります。

このビーチは、『ばしゃ山村』という奄美屈指のリゾート施設にあり、シュノーケリングというマリンアクティビティが1年通して楽しめるスポットの1つとして数えられています。また、空港から近く路線バスも通っているので、アクセスが比較的容易です。

ビクティニ:きれいなビーチ。まるで一昔前にぼくが目にしたサンアンドムーンを思い出すな・・・

ヤドキング:この風景、とてものどかで大好きじゃ。ここでのんびりしたいのう

ところん:夏の時期に海水浴にきてもいいですね

サンドパン:砂のお城とかも作れそうだなw

ビクティニjr:ぼくはそこのビーチで遊ぼう

ビクティニ:さて、いよいよシュノーケリングの準備だ。ウミガメくんや熱帯魚を見にいこう

 

奄美大島のサンゴ礁
ということで、奄美大島にきたらやるべきマリンアクティビティの1つシュノーケリングに参加してみましょう。

奄美大島の海に入ると、海底にはこのようなサンゴ礁が辺り一面に広がっています。まるでニモ&フレンズ、あるいはリトル・マーメイドを思わせるかのような世界観です。以前に千葉県の館山へシュノーケリングに行ったときもサンゴはそこそこ見れたのですが、奄美大島までくるとサンゴの数もかなり多いです。なぜならば、奄美大島のサンゴ礁は黒潮の早い流れによって発達しているからだと考えられています。

 

奄美大島の熱帯魚たち

サンゴ礁にはカラフルな熱帯魚たちが泳いでいます。

用安海岸に限らず奄美大島の海ではこのような熱帯魚やサンゴ礁が見れるのはまさに魚のユートピア。あたかもニモの世界にいるかのようで不思議です。

沖縄のようなサンゴ礁や熱帯魚が見られるのが奄美大島ならではの嬉しさですね。

 

さて、そうこうしているうちに海を泳いでいると・・・

 

ウミガメ

ウミガメが目の前に現れました!

これこそ、奄美大島を代表するいきものの1つであり、シュノーケリングでは是非見たい海のいきものです。

いやあ、こんな間近でウミガメが見られるなんて、人生初なので大いに感激しています。゚(゚´Д`゚)゚。

さて、ウミガメの生態系について軽く説明すると・・・

世界には7種類のウミガメがいますが、日本のウミガメはアカウミガメ・アオウミガメ・タイマイ・オサガメの4種類あります。そして、奄美大島でよく見るウミガメは『アオウミガメ』です。

ウミガメの産卵は5月から7月にかけて行われます。

産卵期になると海岸に上陸し、ピンポン玉サイズの白い卵を120個ぐらい産卵します。卵は60日前後で孵化し、夜になると子ガメは海へ帰っていきますが、そのうち成体になるのは5千匹に1匹と言われているそうです。そう考えれば、ウミガメも貴重な生き物ともいえるでしょう・・・。

これからGWが終わると、産卵のために用安海岸に上陸するウミガメの姿が見られるのかもしれません。

ということで、GWや夏休みに奄美大島に来たらば、シュノーケリングツアーに参加し、実際に自分の目でウミガメや熱帯魚などを見てみては?

 

参考までにこちらをどうぞ

www.jalan.net

 

ばしゃ山村のレストラン

さて、シュノーケリングをしたところで、お昼ご飯です。

昼食は、先程シュノーケリングした海岸のすぐ近くにあるレストランでいただきます。こちらのレストランでは、昼食はもちろん、夕食時は予約すれば食事ができます。そして、奄美名物のグルメも充実しているので、思う存分に名物料理を食べたい人にはおすすめします。

ビクティニ:ウミガメや熱帯魚たちが見れて満足!ということで食事にしよう

ヤドキング:おお、なかなかいいレストランを見つけたな

 

奄美名物“鶏飯”

昼食は、奄美名物の“鶏飯”をいただきました。

鶏飯は、奄美地方を代表する郷土料理として人々の間で親しまれています。

具材は、ほぐした鶏肉、干ししいたけ、錦糸卵、パパイヤの味噌漬け、みかんの皮などが使われています。

歴史によると、かつて奄美群島が薩摩藩の支配下に置かれていた時代、鹿児島本土からやってくる役人たちの威圧的な態度を少しでも和らげるためにつくられたのがはじまりだとされています。当時、非常に貴重なものであった鶏を余すことなく使いつくった『鶏飯』で役人たちをもてなしたといいます。また、このころはまだスープをかける風習はなく、鶏の炊き込みごはん風にして食べていたそうです。昭和に入ってからというものの、鶏ガラのスープをかけて食べるアレンジが浸透し、いまではそれが一般的となり奄美地方のグルメの1つに数えられています。

これも奄美に来たら是非食べてほしいものです。鶏飯の食べ方としては、ご飯に様々な具をのせ、上から特製鶏ガラスープをかけていただきます。いわば南国のお茶漬けといった感じです。

ビクティニ:おお、これが名物の鶏飯か。初めて食べたけど、あっさりしていて美味しい!冷やし中華のお茶漬けでも食べてるようだ

ところん:これはおいしいです!

ヤドキング:刺し身と合うのう

サンドパン&ビクティニjr:おいしい!

 

ばしゃ山村のなりたち

 

ばしゃ山村は今でこそ、観光地にしてリゾート地ですが、実はここも琉球時代の史跡が残る貴重な場所でもあります。

奄美大島は、鹿児島県最南端に位置し、琉球と隣接する日本の離島です。

奄美という由来が付いたのは、太古からのどかで太平な集落共同体の時代を後の世で『奄美世(あまんゆ)』と呼ばれていたからだと考えられています。もともと奄美は筑前国に『太宰府』の管轄にあったことから、日本の領土だったといいます。しかしながら、経済上の理由から約440年ほど無所属時代が続いたものの、1266年からは琉球王朝に属しました。

1609年、島津藩による琉球征服の末、大島含む奄美群島は琉球から分割され、薩摩の直属になり、1871年の廃藩置県までの約260年間、行政管下に置かれていたのです。そのため、当時の奄美は植民地だったという悲しい歴史が刻まれています。しかし、サトウキビの砂糖のおかげで重要な意義も持っており、産業経済における重要な資源となりました。

1940年代に太平洋戦争が勃発し、1945年に日本が敗戦になると、奄美群島は本土から切り離され、米軍政下に置かれました。しかしながら、奄美大島自体には軍事的価値がなく、物資や資金などは沖縄に集中したことで、実質取り残された形となりました。

そして、1953年12月25日、奄美群島は日本に復帰したのです。しかし、沖縄が復帰したのがもっと後の1972年のことで、それまでは『国境の島』ともいわれていました。こうした長い歴史の中で、奄美群島は琉球と大和が調和した文化を育んできたのです・・・。

 

 

ばしゃ山村のホテル

さて、昼食を頂いた後、ばしゃ山村のホテルにチェックインします。

スタッフの方も親切で、1時半と少々早めながら、あっさりチェックインしてくれました。ありがとうございます。

ビクティニ:とりあえずチェックインして、ボストンバッグとかは部屋に置いとくか

ヤドキング:その後は大島紬だったかの?そいつの機織り体験が3時から予約してあるはずじゃ。遅刻するでないぞ

 

奄美旅行の宿泊先

basyayama-mura.com

 

夢おりの郷
ばしゃ山村から車を走らせて15分ほどの場所にある『夢おりの郷』という大島紬の資料館にて機織り体験を行います。

奄美大島北部にある龍郷町では、『大島紬』という伝統工芸品の生産が行われている他、サトウキビや米など、様々な農産物の生産が行われています。また、奄美大島の伝統工芸において大島紬の他に『泥染め』という体験ができる施設もいくらかあるようです。

ちなみに、ここと同じく『大島紬村』という泥染めや大島紬織り体験ができる施設もありますが、今回はそこではなく『夢おりの郷』で行うことになっています。しかし、今回で初めてということもあり、施設もよく似ているので体験するべき場所を間違えてしまったのは公然の秘密ですw

ビクティニ:とりあえず、ここ『夢おりの郷』にて『大島紬』の機織り体験を始めようと思います。

ところん:道に迷ったようですが、まあ初めて行く場所だから仕方がないですね(^_^;) とにかく始めましょう!

 

参考までに大島紬ならびに泥染め体験はこちら

夢おりの郷

大島紬村・大島紬製造工場観光庭園

 

手織り機
ということで、大島紬の機織り体験を行います。

今回は、こちらの手織り機を使用し、大島紬を織っていきます。

大島紬とは、文字通り奄美大島に伝わる絹織物で、日本の民族衣装を代表する着物の女王と言われている、あるいは高級絹織物として着る人のステータスシンボルとされ、1,300年の歴史のある日本の伝統工芸品の1つとされています。

そして、大島紬の特徴としては・・・

1.絹100%であること

2.先染め手織りであること

3.平織りであること(タテヨコ糸は1本ごとに浮沈する織物の基本)

4.締機しめばたで手作業によってタテ・ヨコ絣の加工をしたもの(大島紬の絣を作るための作業)

5.手機てばたでタテ・ヨコ絣をかすり合わせて織り上げたもの

※1 先染めとは = 糸に直接色を染付けた後に織上げる染色技法のこと(大島紬が先染めの代表格)。

※2 後染めとは = 白生地を織り上げた後に手描き、もしくはプリントをして模様を出す染色技法のこと(友禅、しぼり等が代表)。

※3 絣(かすり)とは = 糸または、布面に染まった部分と括られて染まらない部分のある模様の名で(飛び白とも言う)大島紬では十の字絣という。

 

今回は、手織り機を使って織物をつくっていくだけなので、作り方としては基本的に他の織物の伝統工芸とほぼ同じです。ちなみに、今回の織物と似たようなものを本土でいうと、新潟県の十日町絣や栃木県の真岡木綿ぐらいでしょうか。

 

大島紬に使われる糸

奄美大島において古くから織物が盛んな地域ですが、当時は本土で使うような絹糸ではなく、麻の繊維に含まれる『苧麻ちょま(『ラミー』ともいう)』、糸芭蕉の繊維、木綿糸などが主な材料だったといいます。養蚕の技術が伝わると、奄美大島でも養蚕が発達するようになり、今や絹糸が使われています。

上の写真は、機織り体験に使う生糸です。

実際に機織りを行うに当たって使用する生糸の中から1つ選び、織っていくという流れになります。

 

杼(シャトル)

先ほど選択した生糸を『(シャトル)』にセットします。

セットした後、真ん中の穴から糸を出させて片手で糸の端っこを持ち、どちらか片方にペダルを踏み杼を2列のタテ糸の間にスライドさせてくぐるような形でヨコ糸を通します。通したら、ペダルを踏み換えヨコ糸を押すような形で『おさ』を打ち、また杼を通すという繰り返しになります。あとは同じ作業をしていくだけなので、作業自体はシンプルですが、やっていくうちに楽しくなりますねw ただ、途中で糸が切れたりなくなったりする度に、なんども杼の生糸を付け替えては織るというルーティンにw

でもこれがまた織物づくりの醍醐味でもあります。

 

大島紬の完成例

大島紬の模様は、色を変えることによって、カラフルな縞模様が出来上がります。

縞の方向に対して垂直なのがタテ糸で、平行なのがヨコ糸です。織物に施されている模様はヨコ糸の色ということになります。

 

完成した大島紬

ということで、織り始めて約1時間弱・・・ついに大島紬が完成しました!

思ったより絣っぽく美しい見栄えです。

自分で織った大島紬の織物はもちろん持ち帰りができます。これは『敷物』、あるいは手ぬぐいとして使うようです。

 

あやまる岬

あやまる岬にも行ってきました。

ここは、奄美大島の最北端に位置し、奄美市笠利町の北東部にあります。

太平洋に突き出した絶景な岬で、奄美十景および新鹿児島百景の1つとされています。

一説によると、こんもりとした丸い地形が綾に織りなす『まり』に似ていることから、その名前がついたとされています。

ここには夏の時期なら自由に海水浴やシュノーケリングができる『海水プール』をはじめ、サイクル列車やグランドゴルフ、ソテツジャングルなど、奄美ならではのアクティビティがある他、公園内には『あやまる岬公園観光案内所』が誕生し、海を眺めながらカフェも楽しめます。

ビクティニ:見事な絶景!水平線の夕焼けがなんとも言えぬ感動・・・(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`) 下灘駅を思い出すな・・・

ヤドキング:おお、辺り一面、海じゃな・・・。・・・心が洗われるのう・・・

ところん:美しい夕焼けですね・・・

 

あやまる岬から望む喜界島
あやまる岬の東側を望むと、水平線の向こうに“喜界島”という離島が浮かんでいます。

喜界島は、奄美大島から東側に約25kmほど離れた離島で、太平洋と東シナ海の境界線に位置する隆起珊瑚礁の島で、人口約6700人、総面積56.94k㎡、周囲48.6kmあります。そのため、島の大半が隆起珊瑚礁で、今でも年間平均2㎜という驚異的なスピードで隆起し続けているという、学術的に貴重な島です。そのため、『奇跡の島』もしくは『生きている島』とも呼ばれ、海は透明度が高く、海面からも熱帯魚やサンゴ礁が見れることがあります。

また、サトウキビや塩、胡麻、マンゴー、みかん、トマトなどの生産が盛んで、とりわけサトウキビ畑が喜界島全体の土地のうち3分の1を占めるほどだといいます。植え付けから1年半~2年で収穫、分蜜糖や黒糖の原料となります。

 

笠利町の羅針盤

ここはかつて『笠利町』という町でしたが、平成18(2006)年に旧名瀬市および旧住用村と合併し『奄美市』の一部となり、今では『笠利地区』になっています。

ちなみに鹿児島市からは380kmも離れています。

 

ばしゃ山村のレストラン 夕食

ばしゃ山村に戻り、夕食をいただきました。

夕食には、ステーキ&ロブスターをいただきます。

5人:おいしい!

 

夜のばしゃ山村

夜の奄美大島もまたいいものです。

この日に宿泊したばしゃ山村のホテルはリゾート感があり、まさしく南国の夜という雰囲気です。また、『海水風呂』もあり、23時までやっているそうですが、この後ナイトツアーに参加する予定があり、朝風呂の設定がないのは残念です・・・。

ということで、この後は『奄美ミッドナイトツアー』に参加するため、20時半ごろにホテルを出発し、集合場所である『和瀬漁港』へ向かいます・・・。

ビクティニ:さて、これからミッドナイトツアーに参加するために、和瀬漁港へ向かいます

ヤドキング:アマミノクロウサギが見れるかのう。深夜なら見れるじゃろうて

ところん:いきものウォッチングでもするんですか?楽しみですね

 

★シュノーケリング・大島紬・あやまる岬などの映像★


www.youtube.com

 

1日目『世界自然遺産の島“奄美大島”に上陸 ウミガメと大島紬と海の夕焼けと・・・』おわり

To Be Continued

ミッドナイトツアーへ・・・