ビクティニと昔ロマンのブログ

好きなポケモンと旅行に出掛けたり昔の鉄道車輌を並べさせたり、昔ロマンを楽しむのが趣味です。よろしゅうお願いします

新型コロナウィルスによる今までにない日本の異常と世界恐慌の二の舞か

こんにちは。今回は新型コロナウィルスが日本中に蔓延っているということで、各地の自治体が外出を控えてもらう及び「感染拡大防止の為、来ないでほしい」という声があがっているようです。日本中の観光地や遊園地等は感染拡大防止のために閉鎖が余儀なくされており、最近では、湘南の海水浴場からは「来ないでくれ」という旨で注意を呼びかけています。その事から、我々旅行者が旅行に行くことができないのです・・・。また、旅行に行けないだけでなく、我々の生活にも影響が出ています。

 

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新型コロナからどう国民の命を守るか

 そう、世界中はおろか日本でさえも感染者が続々と出てしまい、毎日のように死者がじわじわ出ているのです。世界中では特にヨーロッパが死者数としては最多で、日本では比較的死者数は少ないですが、日本においても、もはや『地獄の日々を送っている』と言っても過言ではないでしょうか・・・。医療機関に関わる人たちも既に1000人以上も亡くなっているようです。東京では1日に200人を超えるほどの日もありました。

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東京都における感染による死者数

グラフでも見ていただけると分かるように4月の半ばあたりには200人以上の死者数が及んでいます。年齢的には60代以上の人いわゆる高齢者は特にかかりやすいですが、私のような20~30代という若世代でさえも感染されてしまうことも・・・。このグラフでは、103人の感染も確認されています。その半数が感染経路が不明との事。40代以下が48人で、30代と50代がそれぞれ20人と最も多かったといいます。濃厚接触者42人のうち、約半数は家族内感染とみられ、累計感染者数は3836人に及んでいます。これは東京だけでなく、大阪や名古屋、福岡、広島、仙台、札幌などの都市をはじめ、各地方都市でも感染者数が出ています。

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国内における感染者数

一時期は北海道が感染者数が一番多かったですが、最近では、首都圏をはじめ各地方にも影響が出ています。その中でも、特にその全体の大半がクルーズ船参加者が感染されているようです。また、感染経路も把握しにくいので、とても厄介な『魔物』でしかありません・・・。

 

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新型コロナで亡くなった志村けんさん 70歳で逝去

そして、我々がよくコントで見ていた『ドリフターズ』や『バカ殿』でお馴染みだった志村けんさんも新型コロナにかかり、70歳でお亡くなりになりました・・・(´;ω;`)
ちなみに彼も2020年の東京オリンピックにおける聖火ランナーに抜擢されたようですが、それも叶わず・・・。

 

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東京オリンピックは2021年に延長・・・?

そして私が一番気になるのは、本来今年(2020年)に行われるはずだった東京オリンピックがなんと2021年に延期になったとの事のようですが、それが2021年に開催される可能性はあるのでしょうか・・・。もし、来年もコロナが蔓延しているようであれば、来年もまた自粛状態、あるいは中止になる可能性はあるのかもしれません・・・。

 

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今年のGWの東海道新幹線はガラ空き常態か

普段は利用者数が多いはずの東海道新幹線にも影響が出ています。

東京都が外出自粛を呼びかける『ステイホーム週間』が始まった25日よりJRの新幹線各線の自由席の乗車率はほぼ10パーセントを下回り、東京駅始発でも乗車率が0パーセントという列車も出ている程だといいます。これは25日から大型連休が終わる来月6日までを、『ステイホーム週間』と位置づけていることから、外出自粛によって帰省ができない若者も多いのではないでしょうか。東海道新幹線では自由席の乗車率は上り下りともほぼ10パーセント以下で、東北・山形・上越・北陸の各新幹線の自由席の乗車率も軒並み8パーセント以下と低くなっています。また、指定席の予約も少ない状況で、25日から大型連休が終わる来月6日にかけて、空席があるという今までにない状況です。そうなると、去年の台風19号による北陸新幹線の復旧費用は一体どうなるのでしょうか・・・。

 

・・・ということで、一通り新型コロナが恐ろしさをお伝えしましたが、皆さんもコロナ騒動解決のためにも当面は無理な外出は控えていただきたいと思います・・・。私もしばしの間、コロナが終わるまで旅行を控えようと思います・・・。では。

世界遺産に登録された富士山と三保の松原・日本平を訪れる

皆さんこんにちは今回は世界遺産に登録された『富士山』をはじめ、『三保の松原』『日本平』に行ってきました。今回は路線バスで『三保の松原』『日本平』を回ってきたのでその内容をお伝えしようと思います。

 

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バス停から見える富士山

『三保の松原』へのアクセスはJR清水駅または静岡鉄道新清水駅から路線バスで約20~25分になります。『三保の松原入口』というバス停にて下車。

 

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羽衣伝説ゆかりの神社『御穂神社』

バス停から歩く途中にある『御穂神社』は世界遺産である三保の松原の近くにある神社です。

こちらの神社は『羽衣伝説』に纏わる歴史のある神社で、日本武尊が東征のおりに立ち寄ったとされる古社で、平安時代の書物にも記録が残されています。毎年2月中旬に行なわれている『筒粥(つつがゆ)の神事』でも知られ、古来より朝廷を始め武将などの信仰を集め、現在も家内安全、縁結び、交通安全、安産子育など、また海の神として信仰される由緒のある神社です。三保の松原に訪れた旨に参拝してみても良いかもしれません。

 

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御穂神社 神の道
『神の道』といわれる参道に生える松並木は、御穂神社と御神木とされている『羽衣の松』をまっすぐ結ばれています。この参道の両脇には樹齢200~400年の老松が茂っており、江戸時代は半島全体が松に覆われるほど松の木がたくさん生えていたといいます。しかし、明治維新後は御穂神社と三保松原周辺の大半の松は旧幕臣などの手によって伐採されてしまったものの、海岸沿いの松原とこの参道周辺の松は『神域』として残されているのです。現在は遊歩道として整備され、夜になるとライトアップされます。

ビクティニ:この世界遺産の地に纏わる『羽衣伝説』はこの松の木から始まったとされると言われているのね。心が洗われるね・・・。

ミュウ:松の木からパワーを感じるね。

 

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羽衣の松

これが、天女が羽衣を掛けたという『羽衣伝説』で有名とされる『羽衣の松』です。

『羽衣伝説』は次のような物語があります。

三保に白龍(はくりょう)という名の漁師がいました。
今朝も三保の松原で釣をしておりました。
見慣れた浜の景色ですが海原に浮かぶ春の富士はとりわけ美しく見えました。

と、どこからともなく、えもいわれぬ良い香りがしてきました。
香りに惹かれて行ってみると一本の松に見たこともない
美しい衣が掛かって風に揺れていました。

「何てきれいなんだろう。持ち帰って家の宝にしよう。」
そういって衣を抱え家に持ち帰ろうとしたその時です。
「もし、それは私の着物です。」
木の陰に美しい女の人が立っていたのです。

「私は天女です。その衣は羽衣といってあなたがたにはご用のないものです。
どうぞ返して下さい。それがないと天に帰れません。」
白龍はこれがかの天の羽衣かととても驚きましたが、
天女の悲嘆にくれた姿を見て羽衣を返す気持ちになりました。

「返すかわりに天人の舞を舞って下さい。」
天女は喜んで承知しましたが
「羽衣がないと舞が舞えません。まず羽衣を返して下さい。」と言うのです。

白龍はふと思いました。羽衣を返せば舞を舞わずに帰ってしまうのではないか。
すると天女はきっぱりと答えました。
「疑いや偽りは人間の世界のことで天上の世界にはございません。」

この言葉に白龍は自分がすっかり恥ずかしくなりました。
羽衣を身にまとうと、天女は優雅に袂を翻し、舞いを舞いはじめました。
どこからともなく笛や鼓の音が聞こえよい香りが立ちこめます。
白龍があっけにとられて見とれているうちに天女はふわりふわりと天へと上り
だんだん高くなったかと思うとみるみる内に愛鷹山から
富士の高嶺に、霞にまぎれて消えていきました。

・・・というように、この『羽衣の松』とされる大きな一本松で羽衣と天女に纏わる伝説が今でもなお伝えられています。また、羽衣伝説の舞台とされる三保の松原は、15世紀に作られたといわれる謡曲『羽衣』によって一躍有名となり、毎年10月に能楽として今でも披露されています。長唄、筝曲、舞踊、浮世絵、歌舞伎などを通じた簡明かつ幻想的な『羽衣』の物語はあまりに有名で、教科書や唱歌にも載るようになったそうです。

 

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世界遺産 富士山

 そして、世界遺産の象徴である富士山三保の松原の最大の見どころといえば、駿河湾の向こうに見える富士山が有名です。

これぞ『浮世絵』『日本絵画』で描かれている“三保の松原と富士山のコントラスト”なのです。これは江戸時代の歌川広重が描いた東海道五十三次『江尻』にもあるように、松林の緑打ち寄せる白波海の青さ富士山が織りなす風景・・・まさに『東海道のロマン』を思わせる風物詩の一つと言えるでしょう・・・。

ビクティニ:素晴らしい!青く晴れた空に海の向こうにそびえ立つ富士山・・・まさに東海道ならではのロマンだ!

シャワさん:歌川広重も晴れた富士山を見たことだろう・・・。

ゴンベ:大きいっぺ!

ミュウ:うっすら見えるのがまたいい雰囲気だね!

 

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静岡名物 安倍川餅
静岡名物のスイーツである『安倍川餅』もおすすめです!

ゴンベ:安倍川餅食いたかったっぺ!

ビクティニ:マカロンもいいけど、餅系のスイーツは大好き!

 

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日本平の桜

続いて、日本平にやってきました。日本平からでも富士山が綺麗に見えるスポットになっていることでも知られています。この時期は桜も咲いています。

ビクティニ:静岡の春は早いね。桜が咲いている。

ミュウ:綺麗だね。今日は暖かいものね。

 

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昼食
昼食は日本平のレストランにて、静岡らしく茶そば桜えびのかき揚げをいただきます。

ビクティニ:これが茶そばか・・・。美味しそう!いただきます!

ゴンベ:桜えびうまそうだっぺ!いただきますだ~!

 

 

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日本平夢テラスから見る富士山と駿河湾

日本平から見た富士山は大変有名です。

この高台から見える青く晴れた富士山の姿こそ、古くから景観の地として親しまれてきたこともあり、歌川広重が描いた富士山をはじめ、数多くの絵画に描かれてきたのです。実は、この富士山には『古事記』『日本書紀』に登場するヤマトタケル(日本武尊)に纏わる神話や、富士山を飛び越えた聖徳太子竹取物語天人伝説など・・・数々の神話と伝説が残されているといわれています。この写真の右下には先ほど訪れた『三保の松原』があります。

 

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日本平から望む富士山
晴れた日には美しい姿を見せる富士山の見える『日本平』という名前がついたのは、幕末の安政年間の記録で初めてその名前が登場したのが始まりといわれています。そして、日本平から見る富士山の景観が美しいと親しまれたことから、『日本百景』『日本観光地百選』などにも選ばれています。

ビクティニ:日本平から見る富士山が最高!まるで東海道五十三次を思わせる景観だ!昔の人はこんなきれいに見える富士山を見て魅了したのかな。

ミュウ:海と富士山が綺麗!

シャワさん:駿河湾と富士山のコントラストがいかにも東海道の雰囲気が出ているね。右下には僕たちが行った『三保の松原』が見える!高台から見ると立体感のある駿河湾と富士山のパノラマがダイナミックだ!

ゴンベ:富士山と海が絶景だっぺ!さっき食事したテラスからみる富士山は最高だったっぺ!

 

★日本平夢テラスへのアクセス★

<車> 東名高速 清水ICから30分または東名静岡ICor新静岡ICからパークウェイ経由で30分

<交通機関> バス:JR静岡駅から『日本平ロープウェイ行き』ジャストラインバスで40分。『日本平夢テラス』にて下車(580円)。またはJR清水駅から『日本平ロープウェイ行き』日本平シャトルバス(清水日本平線)にて35分。『日本平夢テラス』にて下車(510円)。

 

タクシー:静岡駅から25分(約4200円)

     清水駅から20分(約3300円)

     東静岡駅から10分(約3200円)

 

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日本平ロープウェイ乗り場
日本平から久能山東照宮へのアクセスはロープウェイで行くことが出来ます。日中ならおおむね10分間隔で運転されており、所要時間は5分となっています。

日本平ロープウェイの各のりば料金とロープウェイ乗り場・日本平夢テラスへのバス時刻表はこちら↓

ご利用案内 | 静鉄グループ 日本平ロープウェイ

 

 

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久能山東照宮 参拝初穂料
久能山東照宮に参拝する際、日光東照宮や厳島神社と同様に初穂料が設定されています。大人1人につき500円です(子供は200円)。

 

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久能山東照宮 楼門

 境内に続く石段を登ると『楼門(ろうもん)』をくぐります。

『楼門』は重要文化財に指定され、赤塗二階建ての門が特徴的です。軒下中央に第108代後水尾(ごみずのお)天皇によってお書きになられた宸筆『東照大権現』の扁額が掲げてあることから、『勅額御門(ちょくがくごもん)』という別名にもなっているのだそうです。 門の蟇股(かえるまた)に獏(ばく)の彫刻が彫られており、これは鉄や銅を食料とすることから平和の象徴とされるといわれています。

 

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久能山東照宮 唐門

楼門をくぐると久能山東照宮の境内になります。

久能山東照宮の境内には『神厩(しんきゅう)』『鼓楼(ころう)』『神楽殿(かぐらでん)』などがあります。これらはいずれも重要文化財に指定されています。かつてこの場所には三代将軍家光公の命により寛永12年(1635)に着工、寛永13年正月に完成、高さ約30メートルの五重塔がありました。『唐門』の中には拝殿(御本殿)があり、屋根は銅瓦本葺黒漆塗の四方唐破風造になっています。羽目板に唐獅子牡丹、黒松に鳥の透彫が彫られています。

ビクティニ:梅の花が咲いている・・・。

ミュウ:静岡の春は早いね・・・。

 

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日枝神社
御本殿の右隣には日枝神社が鎮座されています。御祭神は大山咋命(おおやまくいのみこと)になります。 創建当時は本地堂(ほんじどう)として薬師如来像(東照大権現の本地仏(ほんじぶつ))が安置されていたものの、明治時代の神仏分離の際に仏像を移し、楼門内東側に鎮座していた山王社(さんのうしゃ)の御神体を納め、社名を日枝神社と改められています。こちらの神社も重要文化財に指定されています。

 

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御神殿

御祭神徳川家康公を祀る『本殿』と参拝をするための『拝殿』を『石の間』で連結した『権現造(ごんげんづくり)』と呼ばれる様式で、かの有名な日光東照宮などをはじめ、全国に数多く創建された東照宮の原型となったのです。

元和3年(1617)に建立し、江戸幕府大工棟梁中井大和守正清の代表的な遺構のひとつであるとともに、江戸時代を通じて権現造社殿が全国的に普及する契機となった最古の東照宮建築であることから、平成22年(2010)国宝に指定されました。また、こちらの東照宮は徳川家康の遺言に基づいて築かれたものといわれています。そう、戦国時代の江戸幕府初代将軍で有名で、歴史の教科書などでもよく出てくる徳川家康と静岡の地は深い関係にあり、家康ゆかりの地でもあるのです。

ビクティニ:(二礼二拍手一礼)コロナウイルスが早く収まりますように・・・。そして、これからGWに北海道へ行くので、今度こそ悪天候になりませんように・・・。

ミュウ:ティニくんとまた旅行に行けますように・・・。

 

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久能山東照宮 御本殿の彫刻

東照宮のいたる所にこのような彫刻が飾られています。

日光東照宮とほぼ同時期に造営された荘厳な社殿には当時一流の職人たちによる見事な彫刻が施されています。これらの彫刻には意味があります。実は家康の願い哲学が込められているという意味合いがあります。例えば、御本殿にある彫刻は『司馬温公の瓶割り』。昔あるとき、かくれんぼをしていた子どもの一人が、大きな水瓶の中に落ちてしまいました。その水瓶はとても大切なものだったので、壊していいかわからず迷っている子どもが多い中、司馬温公は迷わず瓶を割って友達を助けたという中国の故事を描いたものから、『命の尊さ』を説いているといわれています。

 

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神廟(しんびょう)

神廟は本殿の後方にある廟門より約40段の石段を登った所にあります。

御祭神徳川家康公の御遺骸を埋葬し奉ったもので以前は御宝塔と称えていました。 元和2年(1616)の創建当初は木造桧皮葺の造りであったものの、寛永17年(1640)に3代将軍徳川家光公により現在の石造宝塔に造替されました。宝塔の高さは、5.5メートル、外廻り約8メートル、前面に唐戸があります。軒の四隅に唐銅の風鐸が掛かっています。この神廟は家康公の御遺命により西向きに建てられており、西の方には公の御両親が子授け祈願の参籠をされたという言い伝えを持つ鳳来寺があります。さらにその西に岡崎の松平家の菩提寺大樹寺、家康公誕生の地である岡崎城があり、その延長線は京の都へと続いています。こちらも重要文化財に指定されています。

 

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徳川家康 御遺訓

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徳川家康

徳川家康公生涯をかけて平和な国づくりを成し遂げられた理念や理想の精髄は「人の一生は・・・」ではじまる『東照公御遺訓』として今でもなお現世に伝えられています。

これは御遺訓に示された人生訓こそ、まさに御生涯から生まれたものであり、徳川家康公の御精神そのものであると言えると思われます。一見簡単な言葉で書かれていますが、実行なかなか難しいものです。それでも家康公はこの御遺訓通りの御生涯を歩まれ、世界に類を見ない長期平和の礎を築かれたのです。そのことから、家康公の『命の尊さ』が今でも語り継がれています。徳川家は『江戸幕府の将軍』であり、家康をはじめ秀忠、家光、家綱・・・と15代目まで続いていたとされています。中でも秀忠がNHKの大河ドラマにて浅井三姉妹の夫として登場していることでも有名です。

 

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久能山のお抹茶
静岡は茶処で有名ということもあり、久能山ではお抹茶が提供されています。

 

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久能山東照宮の御朱印
久能山の御朱印は受付する時に御朱印帳を事前に出すと書いてもらえます。

 

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一ノ門から見る駿河湾
久能山の山麓までは御本殿から1159段もあります。久能山は標高216mと登山でいうなら、ハイキングコースみたいなものですが、ここを下る石段は自然な形で出来ているため、お年寄りの人には大変かも知れませんね・・・。一ノ門から駿河湾が見える海岸線が美しいものです。

 

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久能山の名物『石垣いちご』

久能山の麓では『石垣いちご』などが栽培されています。

これは明治時代に久能山東照宮に奉仕するにあたり、松平健雄宮司より託された苺苗を玉石の間に植え、当時は温室のなかった時代の中、地道な観察や研究の末、冬でも石の輻射熱で苺の栽培ができ、甘く香りのある実をつけることが実証されたのがそのはじまりです。昔はその名の通り石垣に苺苗を植えて栽培していましたが、現在ではコンクリート板を使った栽培がされています。厚さ2cm、縦15cm、横45cmのコンクリート板上部に15cmおきに3箇所、ノコギリ状に切込みを入れます。その板を崩れにくいとされる60~70度の傾斜をつけ、その切込みに苺苗を植えて栽培します。日光を直角に受けるとともに、この海岸線で育つため、海面からの放射熱を受け、保温効果を高めることで、果実の熟成を早めることが出来ます。これが『石垣いちご』の美味しさの特徴といわれています。久能山麓のいちご狩りは観光いちご狩りとしてはパイオニアとされ、今でも日用品や土産物として親しまれています。ちなみに私は日用品として持ち帰らせていただきましたw

 

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久能山下バス停
一応、JR静岡駅・清水駅とともに久能山麓までのバスが出ておりますが、久能山下バス停から久能山東照宮日本平へ行くのであれば、本数は少ないので(特に清水駅方面)訪れる際はよく時刻表を調べてから行くことをおすすめします。

 

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・・・ということで、今回の静岡旅はここまでになります。皆さん、ここまでのご拝読ありがとうございました。

 

『世界遺産に登録された富士山と三保の松原・日本平を訪れる』をお伝え致しました。

 

2度目の星空列車 奥大井湖上駅での星空撮影

皆さん、こんにちは。

今回は奥大井湖上駅で2度目の星空撮影ということで、大井川鐵道の星空列車に乗車してきました。

 

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今回乗車する星空列車

この日は生憎の雨です・・・。この悪天候の中、果たして星空は見れるのでしょうか?前回(去年)も星空列車に乗車したのですが、前回撮った星空の写真は部屋を暗くしないと見にくい感じだったのですが、私の持っている一眼レフは初心者向けとはいえ、『マニュアル撮影』をすると星空はより綺麗に撮れるということを知り、今回はそのリベンジということで、奥大井湖上駅での星空撮影をしようと思います。

ビクティニ:今日は雨か・・・。星空見れるかな・・・。

ミュウ:晴れると良いね。

 

なお、前回の記事はこちらを御覧ください

okuchichibu551.hatenablog.com

 

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井川線の車内
井川線の客車内です。車内の窓ガラスが曇っています。通常の井川線ならば、千頭駅~井川駅ですが、星空列車は夕方に千頭駅を出発し、日が暮れる頃に奥大井湖上駅に到着します。その時の天気予報によると、18時頃には天気は回復するとのことです。前回はツアーで星空列車に乗車しましたが、今回は当日に星空列車の申し込みとなります。16:53に千頭駅を出発し、奥大井湖上駅に18:01到着。1時間ほど現地にて星空鑑賞になります。千頭駅を出発した頃はまだ雨が降っていますが、奥大井湖上駅に到着する頃には天候が回復していることでしょう・・・。

 

★星空列車と奥大井湖上駅での天体観測★


大井川鐵道井川線の星空列車に乗車&奥大井湖上駅で天体観測

 

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アプトいちしろ駅にてアプト式機関車と連結
途中のアプトいちしろ駅では、アプト式電気機関車と連結します。ここから先はいわゆるアプト式鉄道特有90‰の急勾配を進んでいきます。アプトいちしろ駅と長島ダム駅間の旧線トンネルの一部が遊歩道として整備されていますが、トンネル内は照明がないため、懐中電灯が必要になります(アプトいちしろ駅と長島ダム資料館では貸してくれます)。

ビクティニ:アプト式電気機関車と連結作業が実際に見れるから面白いよね。アプト式鉄道は線路に敷かれたラックレールに機関車に付いているピニオン(歯車)と噛み合わせて急勾配を上り下りするかなり特殊な方式だ。60年前昔は信越本線にもあったけど、今の日本ではここだけで、スイスにも同じ方式の鉄道があるね。あ、この駅まで来る頃には雨は収まったようだ。

ミュウ:暗い中、作業が大変なんだね・・・。

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アプトいちしろ駅の桜

この時期はまだ2月ですが、今年は桜が咲くのが早いのかアプトいちしろ駅では既に春の季節を迎えているようです。

ビクティニ:早くもお花見の季節だ。

ミュウ:綺麗だね。

 

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アプト式鉄道
90‰のアプト式鉄道です。90‰の勾配は1kmの距離に対して高低差90mを意味しています。この川の向こう岸にはかつての井川線の線路が通っていましたが、この先にある『長島ダム』の建設に合わせて、その旧線跡の一部区間が水没になったのです。そのため、今通っている新しい線路が『アプト式鉄道』として敷かれています。

 

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長島ダム
大井川には発電用ダムがたくさん建てられていますが、こちらの『長島ダム』は大井川では唯一の多目的ダムとして活用されています。高さが109m、幅308mとかなり大きなダムで、大井川水系では一番新しいダムです。ダムの麓にある橋は『しぶき橋』といい、このダムが放流しているのを間近に見られます。また、ダムの内部も見学ができます。長島ダム駅でアプト式電気機関車から切り離されます。長島ダム駅を出ると、夕闇に包まれた接岨湖(せっそこ)の岸を進んでいきます。

 ビクティニ:夜のダム放流をみているとちょっとシュールかもね・・・。さっきより天候が晴れてきたようだね・・・。

ミュウ:所々に霧が浮かんでいるね。

 

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途中のトンネルの右側に映る井川線の写真

途中のトンネルの進行方向右側には井川線の写真パネルが20枚飾られています。その中には奥大井湖上駅の写真も飾られています。

 

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夜の奥大井湖上駅

18:01奥大井湖上駅に到着。

ここで1時間ほど、この駅にて星空鑑賞とともに写真撮影をしようと思います。奥大井湖上駅は海抜490mに位置しています。夜の奥大井湖上駅は灯りのない秘境駅ということもあり、やはり昼間とは違う雰囲気です。この奥大井湖上駅は静岡県における代表的な星空スポットとなっており、天体観測するのにはとても最適です。不思議な駅と2つのレインボーブリッジの景観が2019年に『クールジャパンアワード』に選ばれました。また、最近ではこの秘境駅にカフェが併設されています。

 

 

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奥大井湖上駅から見る金星
奥大井湖上駅に到着してから天気が徐々に回復してきました。すると、薄らいだ雲から『金星』を見ることが出来ました。『金星』は太陽系における第二惑星で、これは太陽から二番目に近い惑星です。『水金地火木土天冥海(現在)』というように、我々が住んでいる『地球』太陽から三番目に近い惑星、いわば第三惑星なのです。また、今は『海王星』が太陽系の中では一番遠いですが、星の周期によっては『冥王星』が一番遠いこともあります。

ビクティニ:あれが金星なんだね!こんな悪天候の中、最終的に晴れてくれた上に、『金星』も見られるとは思わなかったな。

ミュウ:本当に晴れてよかったね。

 

さあ、ここから星空撮影タイムです。前回は星空の撮り方を知らなかったので星なのかどうかという写真でしたが、今回はマニュアル撮影で撮っているので前回より綺麗に撮れたかと思います。

ここからは奥大井湖上駅で撮影した星空写真をお楽しみください。

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奥大井湖上駅から見える星空1

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奥大井湖上駅から見える星空2

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奥大井湖上駅から見える星空3

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奥大井湖上駅から見える星空4

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奥大井湖上駅から見える星空5

 奥大井湖上駅から見る夜空には無数の星が浮かんでいるのがよく見えます。静岡県榛原郡川根本町は冬季になると澄んだ星空を見ることができ、全国的に星空スポット第二位に選ばれたことから、日本屈指の星空スポットになっているのです!

さて、自分で撮った星空写真に満足したところで、帰りの列車に乗車します。ただ、列車の照明は行きとは違って真っ暗な状態で入線してきました。車内はまるで幽霊列車のようでしたが、確かに灯りがないと綺麗に星空が見れないので、帰りの列車でも星空を楽しんでもらうためのサプライズでしょうね・・・。

 

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夕闇の長島ダム

帰りの列車から見る夕闇の長島ダムがライトアップされています。

 

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夜の井川線から見る星空の車窓

列車の車内に灯りが点いていないと車窓から見る星空が綺麗に見れます。

 

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アプトいちしろ駅から見える星空

途中のアプトいちしろ駅でも星空を見渡すことが出来ました。

 

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夜のアプトいちしろ駅で切り離し作業

こんな夜に井川線のアプト式電気機関車の切り離し作業が見られるのはある意味珍しいのではないでしょうか。この駅からは車内照明が点きました。

 

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千頭駅に到着

20:05 千頭駅に到着。

真っ暗な森の中をゆくトロッコ列車は千頭駅に到着しました。前回参加した星空列車は大井川本線の電車はありませんでしたが、千頭駅から20:20発の最終電車で金谷方面へ帰れるよう、ダイヤを配慮したようです。しかし、我々は千頭駅のすぐ近くにある旅館で宿泊しました。

ビクティニ:今回も星空が見れた・・・。最初は星空が見れるか不安だったけど、最終的に見れてよかった。

ミュウ:金星が見れたから良かったよ。

 

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旅館の夕食

千頭駅前にある『福住旅館』でお世話になりました。夕食も美味しかったし、お風呂も温泉だったのでかなり嬉しかったです。

 

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昼間の奥大井湖上駅

昼間の奥大井湖上駅です。奥大井湖上駅は別名『奥大井施錠駅』という愛称がつけられています。昼間に行くと明るいですね。平成2(1990)年までこの下を走っていた旧線から新しい線路に移された時に出来た秘境駅。平成13(2001)年に中部の駅百選に選定。さらに令和元(2019)年にクールジャパンアワードを受賞し、今でも静岡県を代表する景観スポットの一つになっています。

 

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駅ノート

駅のノートにも書かせていただきました。

 

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有名撮影スポットから見た奥大井湖上駅

雑誌やポスターなどでよく見る撮影スポットから奥大井湖上駅です。やはりここから奥大井湖上駅を見てみると、その名の通り『湖に上にある秘境駅』ですね。2つの赤い橋に挟まれた駅がいかにも『秘境駅』という雰囲気です。

ビクティニ:ここから見るとまさに『湖の上にある駅』だ!

ミュウ:昨日は雨だったから、湖の水が満ちているようだね。

 

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接岨峡温泉会館

奥大井湖上駅から接岨峡温泉まで歩いていくこともできます。接岨峡温泉は日帰り温泉があります。接岨峡温泉のお湯は『若返りの湯』としても知られています。

 

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SLかわね路号

大井川鐵道といえば、SLで有名です。その日のSLはC10型蒸気機関車になります。C10型はC11型の原型(試作機)となったもので、この形式が残っているのはこちらの8号機だけ残存しています。この機関車は昭和5(1930)年に製造されたもので、大井川鐵道の車両の中では最古のものになっています。当初は近郊都市の快速列車などで使用され、1960年代には国鉄から退きましたが、この8号機だけは岩手県のラサ工業に譲渡されたのです。その後、平成9(1997)年に大井川鐵道に譲渡され、再びSL急行として今でも活躍しています。

 

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SLかわね路号の客車

大井川鐵道の客車は昭和10~20年代に製造された大変古い客車が使われています。50年も昔から使われてきた客車が今でも現役として見られるのも大変貴重です。かつては東海道本線でも活躍していたのでしょうか・・・。

ビクティニ:やはり昔ながらの列車旅は旅情があるね・・・。

ミュウ:昔の客車が今でも動いているだけでもすごいよね。

 

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新金谷駅の転車台

終着駅の新金谷駅では、機関車が転車台で進行方向を変えて明日の運行に備えることになります。

ビクティニ:機関車が転車台で進行方向を変えるんだね。

ミュウ:近くで見ると大きいよね。

 

★おまけ★

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新金谷駅にある『ロコプラザ』

ロコプラザには古い客車やSLが展示されています。

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東海道本線を爆走する貨物列車

金谷駅まで歩いてようやく着いたと思ったら偶然EF66の貨物列車が通過していました!

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静岡名物のB級グルメ

夕食に静岡名物の『静岡おでん』と『富士宮焼きそば』をいただきます。

 

『2度目の星空列車 奥大井湖上駅での星空撮影』をお伝えしました。

終わり

熱海の梅まつりを見てきました!

皆さん、こんにちは。最近はコロナウィルスが流行っているようです。皆さんも気をつけましょう。ということで、この時期ではありますが、2月吉日に熱海梅園にて梅を見てきました。

 

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熱海梅園の梅

この時期だと下の方はまずまずですが、上の方は結構咲いています。この日は3.48分咲きでした。この梅園には472本の梅の木が植えられ、そのうちの340本は満開だった模様です。

 

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梅の木に止まっている鳩

梅園の木に止まる鳩も春を物語っているようです。

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梅の木の白梅

ビクティニ:もう春が来たようだね・・・。

ミュウ:白梅も綺麗。

 

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小川のせせらぎと梅の花

小川のせせらぎと梅の花にはとても癒やされますね。

 

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蝋梅

蝋梅も咲いていました。

 

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庭園の梅

庭園の梅も美しいです。

 

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お抹茶

梅の花を観ながらの抹茶と和菓子も美味しかったです。

 

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来宮神社

来宮神社にも参拝しました。『来宮大明神』と称し、熱海郷の地主の神が来宮の地に鎮座し、来福・縁起の神として古くから信仰されています。

 

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来宮神社の大楠

樹齢2千年を超える大きな楠の木は日本屈指のパワースポットと言われています。健康長寿・心願成就はもちろん、幹を1周廻ると寿命が1年延命する伝説や心に願いを秘めながら1周すると願い事が叶う伝説があると言われています。2千年という長い歳月の中で多くの人々が、この大楠から神徳(しんとく)と恵みを戴き、助け導かれて来たといわれています。皆さんも、人生で悩み事や辛いことがあったら、ぜひ来宮神社に参拝してみると良いでしょう・・・。

 

熱海梅園の梅をお伝えしました。

 

令和初の正月旅行 北海道&東日本パスで函館へ 最終日

こんにちは。今回は青森から『北海道&東日本パス』を活用して関東まで帰宅します。

在来線で関東へ南下するのには、一部第三セクターの路線も含み、しかも極端に列車間隔が大きく開いている区間があります。それは、以下の通りです。

★青い森鉄道 八戸駅の時刻表(7:30~15:00の時間帯)★

7:13 盛岡 行 [普通]
  7:47 三戸 行 [普通]
  8:53 盛岡 行 [普通]
11:15 三戸 行 [普通]
13:06 盛岡 行 [普通]
14:11 盛岡 行 [普通]

※太字は盛岡行きです。

・・・なんと、時刻表を確認してみたところ、八戸から盛岡へ通る列車の本数が約4時間(赤く塗ってある2つの便の間)も開いているではないか?!青森駅を次の時間で行くとすれば・・・

★青森駅から在来線で盛岡へ行く場合★

青森5:41発 八戸行→八戸7:13発 盛岡行→盛岡9:00

青森6:53発 八戸行→八戸8:53発 盛岡行→盛岡10:49

青森10:46発 八戸行→八戸13:06発 盛岡行→盛岡14:53

 

今から行くと・・・盛岡に着くのが午後です!ということは、在来線で盛岡へ行ける便は青森を10:46に出る八戸行ということになります。

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雪国『青森』

ということで、その空き時間を利用して周辺を散策してみます。冬の青森はどこもかしこも雪に埋もれています。深いところでは20cm位埋もれていました。

 

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善知鳥神社

 善知鳥神社に参拝します。『善知鳥』はかつて青森湊が開港する前の『善知鳥村』という、安潟のほとりに漁家が点在していた一漁村だったのです。そして、寛永時代に開かれた湊に寄せる漁船の目印が青々と茂る小高い森であったことから、後に『青森』という地名になったと言われています。

こちらの『善知鳥神社』の創建については、坂上田村麿にゆかりがあるとも、都から移り住んだ烏頭中納言安方が宗方宮を祀ったという説があるようですが、青森湊の開港の際に再建されたもののようです。平安時代から現代に至るまで数多くの著名人や文化人がこの神社に触れ、『善知鳥』という鳥『善知鳥』に纏わる伝記や伝承について残しているといいます。明治期、青森町の鎮守が、毘沙門堂(香取神社)から善知鳥神社に移され、神輿渡御も善知鳥神社が行うことになり、青森町の祭礼の中心となったのです。

 

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お汁粉

 青森駅前の和菓子屋さんでお汁粉もいただきました。正月にお汁粉も良いものです。

ビクティニ:寒い日にはお汁粉だ。

ゴンベ:いただきますだ~。

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青森駅前に飾られたねぶたの行灯

青森駅前にはたくさんのねぶたを模した行灯が飾られていました。

 

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青森駅の発車案内

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青い森鉄道の電車 青い森701系

さて、参拝とお散歩が終わったところで、そろそろ出発です。

今から在来線で関東方面へ行くのなら、18時頃には仙台に到着する位の時間帯になるため、予め仙台から大宮までの新幹線(乗車券込み)の切符を購入しておきます。

ということで、青森駅を『北海道&東日本パス』で入場し、10:46発の八戸行に乗車。ここから『青い森鉄道』を八戸方面へ進んでいきます。

途中で通る『青い森鉄道』『IGRいわて銀河鉄道』はJRではない、いわゆる『第三セクターの路線』ですが、今回使用している『北海道&東日本パス』なら、それらの路線でも使用できるので(当然乗り降り可)、そのまま通過できます。なので、このまま南下していきたいと思います。

 

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青い森鉄道のキャラクター『モーリー』
途中の浅虫温泉駅には青い森鉄道のマスコットキャラクター『モーリー』がお出迎えです。青い森だけに青い葉っぱを纏った森をイメージしていると思われます。看板の「よぐ来たねしぃ~」は津軽弁のようですね。

 

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雪原の中をゆく『青い森鉄道』
『青い森鉄道』は目時駅~青森駅を121。9kmを結んでいます。この路線はかつて旧東北本線の一部だったのです。JR(国鉄)時代、東北新幹線が新青森駅まで開業するまでは、特急列車も走っていたようです。他にも『北斗星』『カシオペア』などの寝台列車が通っていましたが、いずれも平成28(2016)年には廃止になり、今は普通列車貨物列車だけが走っています。青い森鉄道東北新幹線が八戸駅まで開業した平成14(2002)年12月1日、目時~八戸。さらに平成22(2010)年12月4日にはついに新青森駅まで新幹線が開業し、JR東北本線(目時~青森)JR東日本から分離され、『第三セクターの路線』として青い森鉄道に編入されました。

ビクティニ:車窓はあたり一面雪だ。厳しい冬の中を駆け抜ける電車が勇ましいね。

ミュウ:晴れているから今日は家に帰れそう。

 

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八戸駅に到着

 12:16 八戸駅に到着。次の盛岡方面の列車は13:06発と50分も時間があるのでここでお昼ごはんにします。

 

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旅行最後の昼食

今回の旅行最後の昼食になります。最後の昼食は回転寿司で締めくくりです。

ビクティニ:さあ、この旅行最後の昼食だよ!旅行最後は寿司で締めるのは最後の最後で最高の昼食だ。いただきます!

ゴンベ:いただきますだ~!

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IGRいわて銀河鉄道 普通 盛岡行き IGR7000系

さて、発車時刻が近づいたところで、13:06発 普通列車 盛岡行きでこのまま南下していきます。

 

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IGRいわて銀河鉄道

八戸駅を出た青い電車は盛岡方面へ南下してゆきます。途中の目時駅で『青い森鉄道』は終わり、そこから先は『IGRいわて銀河鉄道(こちらは盛岡駅~目時駅を82kmで結んでいる)』に入ります。

『IGRいわて銀河鉄道』も先ほど通ってきた『青い森鉄道』と同様、旧東北本線の一部でした。『IGRいわて銀河鉄道』『青い森鉄道』の目時駅~八戸駅のJR分離化とともに平成14年12月1日に『第三セクターの路線』として開業しました。この路線もJR(国鉄)時代は多くの特急夜行列車が通っていたのです。しかし、新幹線ができた後はやはり普通列車貨物列車のみ。そして、『青い森鉄道』『いわて銀河鉄道』の境界駅である目時駅を通過すると岩手県に入ります。車窓は・・・相変わらず銀世界です・・・。

ビクティニ:昔は多くの優等列車が通っていたけれど、それらが無くなってからすっかりローカル線と化していくのね・・・。

ミュウ:複線なのに本数が少ないのは寂しいよね・・・。

 

ちなみに、青森駅から盛岡駅まで新幹線は使わずに普通に切符を買うと・・・

『青い森鉄道』『IGRいわて銀河鉄道』青森駅~盛岡駅の運賃はなんと5,590円!

普通に考えたら高額な運賃ですね・・・。それを『北海道&東日本パス』で行くと元が取れそうです。

 

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盛岡駅

14:53 盛岡駅到着。ここで第三セクターの路線は終了。ここからはJR東北本線に乗り換えになります。

ビクティニ:ここまで来た・・・。わんこそばが食べたかったけど、今はそれどころではなさそうなので先へ行こう・・・。

ミュウ:ここからJRになるんだね。

 

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JR東北本線 701系

15:01発 普通列車 一ノ関行きに乗車。しかし、この列車は短いということもあり、車内はかなり混んでいました・・・。おまけに新幹線が遅れていたため、余計に混んでしまったようです・・・。しばらく混雑が続いていましたが、北上駅を過ぎる頃には混雑は徐々に緩和していくので、北上駅からは座席につくことができてよかったです・・・。そして、南へ進めば進むほど雪が少なくなってきました。

 

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一ノ関駅

16:28 一ノ関駅に到着。この駅には何故かピカチュウだらけです・・・。このあたりには『ポケモン電車』が走っているので、それにあやかったのでしょう。

・・・その後は普通列車 小牛田行きに乗車。先ほどと同様に2両編成ですが、さっきほど混雑していないようなので、問題なく着席できました。なお、その列車はワンマン運転です。

16:39 普通列車(ワンマン) 小牛田行き

岩手県を出ると宮城県に入ります。このあたりはかなり閑散としており、宮城県に入ったあたり、日が暮れてきました・・・。

 

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小牛田駅

17:26 小牛田駅に到着。

ここまで来るとあたりはすっかり真っ暗です。さあ、仙台まではそんなに遠くないはず・・・。

ビクティニ:長かった・・・。色々な景色を見てきたけど、青森にいた時は雪だったのに宮城県まで来ると嘘かのように雪は無くなっている・・・。長い旅は本当に不思議なことが多いものだね・・・。それはともかく、17:35発の仙台行きで仙台駅まで行けば、今回の『北海道&東日本パスの旅』は終了だ!

ゴンベ:お腹が空いたっぺ・・・。

 

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仙台駅に到着

18:23 仙台駅に到着。

ここで『北海道&東日本パスの旅』は終了になります。

10:46に青森駅を出てから仙台駅に到着した時刻は18:23・・・約7時間半の長旅となりました!ちなみに青森から仙台までの鈍行の運賃は・・・青い森鉄道いわて銀河鉄道の運賃5,590円JR東北本線の盛岡~仙台間の運賃3,410円9,000円です!これは『北海道&東日本パス』約8割分に匹敵する運賃です!これはかなり元が取れると思われます。

ビクティニ:・・・本当に長かった・・・。ここでフリーパスの旅は終わりだね・・・。6・7時間も長時間乗車したので目が回りそうだよ・・・。トイレに行ってこよう・・・。

ミュウ:お疲れ様。あとは新幹線で帰るだけだね。

 

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今回の旅で最後の夕食

 さあ、今回の旅で最後の夕食は仙台駅で牛タンをいただきました!

ビクティニ:夕食の牛タンこそ、長い長~い鉄旅の後は美味しいご褒美だ!いただきます!

 ゴンベ:牛タン食べたかったど!いただきますだ~!

 

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帰路へ・・・

さて、夕食の後は新幹線で川越へ帰宅します。しかし、この日はお正月ということもあり、新幹線のダイヤは乱れているようですが、始発のやまびこ220号東京行きで帰路に就いたのでありました・・・。なお、この時点で各新幹線の指定席は満席の模様。いや~、自由席は安くてどんな時間でも帰れるので自由席はとても有り難いですな・・・(^_^;)

ビクティニ:・・・ということで皆さん、今回の『北海道&東日本パスで函館旅』はいかがだったかな?皆さんももし、夏休み冬休み春休み等で北海道北東北方面へ行かれる際にはぜひ参考にしていただけたら幸いです!

ミュウ:でも、一部特急とか新幹線使ったよね・・・?

ビクティニ:それはやむを得ない理由や状況で使う場合があるから、しょうがないんだ・・・。

ミュウ&ビクティニ:・・・というわけで、最後まで見ていただきまして、本当にありがとうございました!今回をもちまして、『北海道&東日本パスで函館旅』を終わりたいと思います!それでは、さようなら!!

 

『令和初の正月旅行 北海道&東日本パスで函館へ』・・・完

おしまい

令和初の正月旅行 北海道&東日本パスで函館へ 6日目

こんにちは。今回は、大沼公園ワカサギ釣りをしようと思います。

 

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ホテルの部屋から見る駒ヶ岳

正月の日とは打って変わって晴天です。ホテルの部屋から見る冬の駒ヶ岳道南の冬を物語っています。

ビクティニ:晴れた日の駒ヶ岳がふさわしい!

ミュウ:まさに冬の北海道だね。

 

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晴れた日の駒ヶ岳
大島路の遊歩道(千の風モニュメント)から見た駒ヶ岳です。晴れた駒ヶ岳冬の大沼湖は絵になります。大晦日に来た時には、雪が降っていたのですが、この日は晴れています。

ビクティニ:今日は晴れていてよかったね。・・・そうだ、ワカサギ釣りはどうだい?

シャワさん:お!いいんじゃないかな。

ゴンベ:もちろん、やりたいっぺ!ワカサギ食べてみたいっぺ!

ミュウ:やっぱり外は寒いね・・・。

 

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ワカサギ釣り 釣り堀

冬の大沼公園といえば、凍った湖や沼の上でのワカサギ釣り冬の風物詩の一つです。

大沼公園では、ワカサギが採れることでも知られ、もはや名産品にもなっているくらいです。ワカサギ釣りなら、釣りの初心者でも楽しめます。また、自分で釣ったワカサギはその場で唐揚げにして食べることが出来ます。我々が今回ワカサギ釣りを行った場所は『太公園』という釣り堀です。なお、随時実施しているので特に予約をする必要はありません。

【ワカサギ釣りの時期】12月1日~3月中旬ごろ
氷上(天然)わかさぎ釣り
<遊漁料>大人600円・小人300円<用具レンタル一式>500円

 

★興味のある方はこちらを御覧ください★

http://onumakouen.com/activities/?ctgr_id=5&item_id=LND0000264

 

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釣り堀は氷上に開いた穴
ということで我々もワカサギ釣りを初めてみることにします。まずはビニールハウスにて受付をします。すると釣り竿やバケツ、餌が渡されるので、それらを受け取ったら釣り堀へ。氷上に開いた穴(釣り堀)に柄杓で氷を掬います。

 

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餌の仕込み
餌はこちらの虫エサを用意します。餌の両端に釣り針を刺してその餌をハサミで切断します。こうすることで、ワカサギはその餌の匂いで釣り針に寄りやすくなるという寸法です。ただし、餌を切断する際は釣り糸は切らないように注意しましょう。

 

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仕込んだ餌を釣り糸に吊るす
写真だと分かりにくいのかも知れませんが、釣り糸のルアーを重りにし、釣り竿を台に乗っけて釣り糸を吊るした状態にしておきます。こうすることで、釣り糸は絡みにくくなります。ちなみに、絡まったり釣り糸を切ったりしてしまうと400円とんじゃうので気をつけてくださいね。

 

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釣り竿をスタンバイ
・・・ということで、釣り糸が絡まないようにまっすぐ穴に入れたら釣り竿の先っぽが動くのを待ちます・・・。釣りは2時間制になります。

ビクティニ:さあ、何匹釣れるかな・・・。

ゴンベ:ワカサギの唐揚げ食べてみたいっぺ!

 

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ワカサギ釣りはあっけない位に簡単です(笑)
早速釣り竿の先っぽが動いたところで、引き上げてみると・・・なんと!たったの10秒で簡単に2・3匹釣れました!!いやあ、最初はなかなか釣れないのかと思っていましたが、驚くほど早く釣れるのは本当に簡単なんですね。釣れたら、ワカサギのエラ部分を斜め下に引っ張れば釣り針から外せます。もちろん、ワカサギを外す時は釣り糸が絡まないように注意しましょう。・・・ちなみに途中で糸が絡まってしまったので、400円が・・・orz

 

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合計で56匹釣ったワカサギ

さあ、2時間の釣りで随分釣りましたが、その釣った数は・・・・・・

 

 

56匹でした!

ビクティニ:さあ、2時間たったから数えてみよう。1・2・3・4・5・・・・・・・・・・・・56匹だ!

ゴンベ:すごいっぺ!!こんなに釣ったら唐揚げもたらふく食べられるっぺ!早速唐揚げにするっぺ!

 

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釣ったワカサギは唐揚げになります

 釣れたワカサギは、油を熱した鍋に入れられます。ワカサギを一気に鍋に入れた瞬間に「ジュワーッ」という音が食欲を注ぎます。

 

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ワカサギの唐揚げ

・・・ということで、ワカサギの唐揚げが出来上がりました。ワカサギの唐揚げにはカレー粉や塩をふりかけていただきます。

ビクティニ:さあ、ワカサギの唐揚げが出来上がったよ!

ゴンベ:いただきま~すだ!!

 

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美しき冬の駒ヶ岳
ワカサギ釣りの後は、大沼公園を散策してみます。呉竹島や日の出島から見る駒ヶ岳はビュースポットとされ、撮影スポットとしては、綺麗に駒ヶ岳が撮れます。あとは、ハクチョウも見れたら最高の絵にはなりますね・・・。

 

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大沼公園駅

さて、大沼公園駅に戻ってきました。ここから列車で函館まで移動し、さらに函館港からフェリーで青森まで移動。今日で北海道とはお別れすることになります・・・。

 

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特急スーパー北斗号

大沼公園14:02発 特急スーパー北斗10号 函館行き

特急列車函館まで南下します。

便や時間帯にもよりますが、大沼公園駅と函館駅の列車で北海道&東日本パスで通るなら当然、普通列車の方が望ましいのですが、我々が乗車した列車が特急なのでフリーパスは使用できません。もし、時間の都合で特急を使わざるを得ないのであれば、多少面倒でも渋々乗車券と特急券を買うしかありません。また、フリーパスで北海道新幹線経由するなら『特定特急券』でも十分かと思われます。

★特急利用時の料金(2020年2月現在)★

大沼公園→新函館北斗駅

乗車券:340円

特急券:320円

合計:660円

大沼公園→函館駅

乗車券:640円

特急券:630円(自由席)

合計:1,270円

 

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函館駅にキハ183系

14:27 函館駅 到着

函館駅には特急北斗キハ183系が停泊していました。おそらく臨時便かと思われます。

 

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昼食

函館駅で昼食を取ろうと思いましたが、どこも混んでおり、時間がないのでチラシ寿司をいただきました。

 

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津軽海峡フェリー

函館から函館港フェリー乗り場までは路線バスで移動し、17:30発の便で青森港まで進みます。津軽海峡フェリーは、青森と函館を安く行き来するならとても便利です。

どういうことなのかというと、北海道新幹線と比べるとかなり安いです。北海道新幹線で新青森駅から函館までの所要時間は約1時間半に対してフェリーでは3時間半とかなり長いですが、その分運賃は安く行けるというわけです。

運賃に関しては・・・

北海道新幹線<新青森⇔函館>

北海道新幹線(函館本線はこだてライナー含む):乗車券3,630円+指定席券4,530円=合計8,160円

津軽海峡フェリー<青森港⇔函館港>

津軽海峡フェリー:スタンダード2,460~3,450円

つまり所要時間がそれだけかかる分、4,710~5,700円も安く移動が出来るんです!そして、スタンダードなら定員を気にする必要はないので、多少時間がかかっても安く移動したいのなら津軽海峡フェリーで移動するのが効率的な方法かと思われます。

 

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津軽海峡フェリーのデッキ
デッキでは軽食コーナーやインフォメーションなどがあります。移動中に食事をする際に軽食コーナーは必須ですね。フェリーにはスタンダードの他、個室もありますが、移動するだけなら、スタンダードで十分です。もっとも、移動時間が約3時間半なので問題はありません。

ビクティニ:夏休みに乗ったフェリーほどではないにしても結構広いね。・・・というかもう夕食だ。

ミュウ:お腹すいたね。

 

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夕食
ということで、フェリーの軽食コーナーにて夕食を購入。ちょうど北海道名物の『かにめし弁当』が売られていたので、大変嬉しいです。

ビクティニ:僕の大好きなかにめし弁当じゃないか!いただきます。

ミュウ:いただきます!

シャワさん:最後の最後で北海道名物のものが食べられるのは結構嬉しい!いただきます!

ゴンベ:いただきますだ~!

 

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青森港に到着

夕方に函館を出港してから約3時間半の航路で21:10に青森港に到着。ここでタクシーに乗り換えます。

ちなみにフェリーに乗船した時点で到着する港から駅まで移動するためなら、タクシーを事前に予約しておくと、タクシー料金は定額運賃で移動することが出来ます。例えば、青森駅西口なら900円、東口は1,200円、新青森駅1,000円、青森空港4,200円、浅虫温泉は4,800円で移動が出来るのでとてもお得なんだそう。なので、マイカー移動でない鉄道移動なら青森港からのバスは無いので、函館から青森まで移動する際、津軽海峡フェリー+タクシー事前予約しておくことをオススメします!

ビクティニ:ついに本州に戻ってきたよ!

ミュウ:ここも寒いね・・・。

 

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青森駅西口
ということで、青森駅に到着。ここは西口なのですが、駅舎としては小規模です。東口はここの反対側にありますが、なんと跨線橋を渡らなければならないので、東口まで行きたいなら、入場料(150円)を購入する必要があります。しかし、今回はフリーパスを持っているため、そのまま通ることが出来ました。

 

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青森駅 跨線橋(連絡通路)
現在の青森駅は跨線橋になっています。まるで昭和の雰囲気が漂っているかのようです。しかし、近年は改築工事が行われており、自由通路も改札を通らなくても済むように橋上駅舎化するとのことで、2020年度に向けて工事が進められているようです。

 

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昭和30年代当時の青森駅舎
昭和30年代当時の青森駅の駅舎の写真です。昔の青森駅の駅舎はこんなに小さかったんですね。さっきの西口の駅舎がなんか小さかったですが、当時の駅舎は規模がもっと小さく、今のようにロータリーが整備されていなかったんですね。

 

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青森駅のねぶた
青森の名物といえば、やっぱり『ねぶた』です。まわりのねぶたを模した行灯も素敵です。

 

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今夜のホテル

さて、今回の旅で最後のホテルにチェックイン。このホテルでは青森市で唯一温泉のあるホテルだったので、寒い日にはとても便利です。

ビクティニ:駅から近い上に温泉もあるのはすごく有り難い・・・。さて、明日はもうこのまま帰るから、経路を考えておこう・・・。

ミュウ:せっかくフリーパスを持っているんだから、このまま在来線で帰るんだね。

シャワさん:作者いわく「途中の仙台からは新幹線を使う」とか言ってたよ。

ゴンベ:最後の日も美味しいものが食べられたらいいっぺ。

 

6日目終わり

最終日へ・・・

令和初の正月旅行 北海道&東日本パスで函館へ 5日目

こんにちは。今回は、冬の函館を散策していきます。

 

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冬の函館市街

函館は相変わらず雪に包まれています。凍結した道路を走る路面電車や自動車もこんな厳しい気候の中でもたくましく活躍しています。

 

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朝食に海鮮丼をいただく

 函館の朝ごはんといえば、海鮮丼に限ります。海鮮丼は函館駅前の海鮮市場にある飲食店でいただくことにします。海鮮丼に入っている魚介はうにやほたて、サーモンにボタンエビ、いくらなどが入ったものです。函館の海鮮ものといえば『活イカ』で有名ですが、この日は活イカはあまり獲れていないのか、メニューには提供されていないようです。

ビクティニ:函館の朝ごはんは海鮮丼だね!うになんてなかなか食べられないから美味しい!

ミュウ:青さの味噌汁も美味しい!

ゴンベ:いただきますだ~!ガツガツ・・・サーモンうめ~っぺ!

 

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函館市電で元町へ

 朝食を終えたら、元町エリアを散策しようと思います。元町は函館駅前からは市電で『末広町』で下車すると行けます。

 

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元町エリア

元町エリアはいくつもの坂道があるのが特徴的です。

もともとは『国際貿易港』として開港されたということもあり、嘉永7(1854)年には函館山麓、現在の元町公園付近に箱館奉行所が設置されたといいます(後に明治3(1864)年に五稜郭へ移築)。蝦夷地開拓や外交などを担うための行政中心地だったことから、各国の領事館や洋館、異なる宗派の教会などの西洋建築が多く見受けられます。さらに異文化を取り入れた和洋折衷、純和風な建造物も所々見られます。

 

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船魂神社
元町エリアにある神社でも初詣と行きましょう。融通念仏宗を広めるために、良忍という高僧がこの地にて保延元(1135)年に観音堂を建てたのが始まりとされています。これは北海道最古の神社と言われているようですが、それが明らかとはされていないようです。また、源義経が津軽から渡航してきた際、遭難しそうになったのを船魂明神の加護によって無事に上陸したという伝説もあるようですが、もともとは観音菩薩を祀るための観音堂と呼ばれていたようです。江戸時代末期には『船魂大明神』と称され、明治12(1879)年には村社になり、後に『船魂神社』になりました。

ビクティニ:今年も平和に過ごせますように・・・。

ゴンベ:美味しいものが食べられますように・・・。

 

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義経伝説 童子岩
船魂神社には、『義経伝説』に纏った『童子岩』があり、湧き水が湧き出ています。この湧き水の入った石鉢に願い事を書いた祈願符を入れると願いが叶うとか・・・?

 

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船魂神社の御朱印

御朱印ももらいました。

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旧函館公会堂(工事中)

元町には『旧函館公会堂』があることで有名ですが、残念ながら現在は工事中のようです。

 

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元町の散策案内
元町にはハリストス正教会旧函館公会堂をはじめ、カトリック元町教会、旧イギリス領事館など、和洋折衷か建造物が立ち並んでいます。

 

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旧イギリス領事館

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領事館の門章

函館には幾つか領事館がありますが、中でも『イギリス領事館』が元町にあります。

函館に領事館が置かれたのは安政6(1859)年に日本初の貿易港として開港した当時は、アメリカやロシアに次いで3番目の領事館として初代領事ホジソンによって弥生坂にあった称名寺に開設したといいます。文久3(1863)年に現在の元町のハリストス正教会の西隣に領事館を新築しましたが、数々の火災にあい、大正2(1913)年にイギリス政府工務省上海工事局の設計で竣工したものが現在の領事館です。これが昭和9(1934)年の閉鎖まで領事館として使用されていたのです。現在では、開港の歴史を伝える資料館として、また館内にはイギリスにちなんだ各種ティーが楽しめるカフェも併設されています。

 

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領事館館内
イギリス領事館は、国際貿易港として開港して安政6(1859)年から75年間、ユニオンジャックを掲げ続てきた、異国情緒に満ち溢れた港町のシンボルでもあります。これは研修室の写真ですが、今でも会議室として使われているようです。

 

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領事執務室1

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領事執務室2

かつてリチャード・ユースデン領事が使っていた領事執務室です。

リチャード・ユースデン領事は、歴代のイギリス領事の中では特に市民に親しまれ、この函館の地に大きな足音を残してきたのです。何でも、かなり身体が小さかったことから、市民から『豆コンシロ』と親しまれていたのだとか。明治元(1868)年に箱館戦争が勃発した中、ユースデン領事は旧幕府脱走軍の榎本武揚や永井玄蕃と会談した最中、イギリスは不干渉な立場をとりながらも、意見を求める榎本に対して、領事は「武装をとかない限り徳川の蝦夷地開拓は許されないだろう」と助言しました。また、明治初期は小学校の授業料がかかると言われていた時代、貧しい子供たちのために無月謝の小学校の設立にユースデン領事の協力もあったといいます。他にも、明治9(1876)年に明治天皇が函館に巡幸された際、ユースデン領事は領事館前の基坂に「WELCOME(ようこそ)」のアーチを掲げるなど、歓迎したという光栄なエピソードもあったのです。

 

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望遠鏡で港町を覗くユースデンの像
 外を覗いている様子のユースデン領事の像です。望遠鏡で港町を覗いているのは、ペリーの来航を意図しているものなのでしょうか。

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領事が使用していたと思われる備品
棚には、領事が使用していたと思われるカメラや万年筆などが展示されています。また、ペリー提督が来航時に贈られた壺も展示されています。

 

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領事室に飾られた古時計と絵
領事室に飾られた古時計はおそらく明治初期のものと思われます。かなりの骨董ものなのではないでしょうか。ユースデンの肖像画もかなり古そうです。

 

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暖炉
ここは寒冷地でもあるため、領事館には暖炉が設けられています。茶色のタイルが鮮やかです。焚口には鉄のひさしが付いているのは、暖炉としては少し変わったスタイルですね。おそらく大正初期に造られたものだと思われます。

 

 

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家族居室
居室もユースデン領事が使っていたものです。居室に設置されたテーブルやティーカップがいい雰囲気です。これは、往年のティータイムを表現しています。昔はユースデン夫人がここでティータイムを楽しんでいたのでしょうね・・・。

 

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年代を感じさせる窓枠や備品
領事館の内装自体は大正当時のままで、家具やカーテン、窓枠も年代を感じさせられます。

 

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ユースデン夫人が旅行に使っていた鞄
ユースデン夫人が使っていたであろう旅行鞄です。昔の鞄って硬かったんですね。

 

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箱館開港の歴史

江戸時代、北海道はかつて『蝦夷地』と呼ばれ、昔の函館は『箱館』という地名でした。江戸幕府のもと、松前藩は交易の基盤として蝦夷地を支配し、松前江差箱館の3つのこれら地名を『松前三藩』として、蝦夷地における主要な貿易港として栄えていたのです。

 

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西洋文化に富んだ函館
 函館は、ペリーの来航をきっかけに異国の文化を受け入れ、街には西洋の雰囲気が漂ったといいます。さらに多くの外国人が函館を訪れるようになり、『北の港町“HAKODADI”』という名前で世界的に知られるようになりました。これが、日本と西洋がコラボした、函館オリジナリティの『ハイカラ文化』です。

 

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明治期の箱館
明治期当時の港町の様子です。この写真を見れば分かる通り、洋風の建物が目立っています。

 

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ペリー提督の黒船来航

 ペリーの来航は学校の歴史の授業で習ったことがあるかと思いますが、嘉永6(1853)年に横須賀の浦賀港に『黒船』という蒸気船に乗ったペリーが来航したのがいわゆる『黒船来航』です。

これはペリー提督こと代将マシュ・ペリー率いるアメリカ合衆国海軍東インド艦隊の蒸気船2隻を含む艦船4隻が、来航した事件です。しかし、来航の目的は『測量』と称して江戸湾奥深くまで侵入した結果、幕府はペリー一行の久里浜上陸を認め、そこでアメリカ合衆国大統領国書が幕府に渡されたのを皮切りに『日米和親条約』を締結したのがペリー来航のはじまりとされています。なお、日本ではこのペリーの来航から明治維新までの時期を『幕末』と呼んでいたのです。
その翌年の嘉永7(1854)年3月、2度目の日本に来航で日米和親条約を締結し、下田と箱館の開港が決定されました。ペリー一行は視察のために箱館へ、同年4月15日に3隻のアメリカ艦隊が入港。さらに4月21日、ペリー提督を乗せたポーハタン号ミシシッピ号が入港。そして安政2(1855)年3月、箱館は開港し、外国船が入港出来るようになったのが、『函館開港の街』のきっかけとなったのです。

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ペリーが見た函館の印象
ペリーは、日本を遠征する際、詳しく日記を付けており、画家や写真技術を伴い、寄港地のさまざまな風物も記録し、各地の生物や鉱物などの調査も行われていました。これらの記録がまとめられた『ペリー日本遠征記』によると、「荷を積んだ馬の群れがゆっくりと通りを歩き 数百もの帆船が港に停泊し 数え切れないほどの舟が湾内を行き来し 二本の刀を差し立派な身なりをした 大勢の紳士や役人が威風堂々と歩きまわり 豪華に飾られた馬に乗っているのを見ると 訪れた人は 箱館が繁栄しているという印象を受ける」・・・というように漁業・建造物・職人技術・水産環境がいずれも優れているかが伺い知れます。

 

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函館に西洋の文化が広まる
また、『食文化』においても、西洋料理も普及できるようになり、幕末から箱館に多くの外国人が訪れるようになってからコーヒー豆が導入されるなど、庶民の食生活にも西洋料理が広まりました。さらに、レストランも開店し、パンや牛肉、洋酒なども提供できるようにもなったのです。これらのハイカラ文化こそ、まさに文明開化の幕開けとも言えるでしょう。

 

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箱館開港時代の地図
開港当時の箱館から世界を見回した鳥瞰図です。ペリーの来航と開港によって、大海原の向こうに広がる世界とつながり、国際として発展していく箱館の街を表現したものです。地図にかかれた地名は慶応4(1868)年当時の絵図をもとに描いたもので、ペリーの航路も描かれています。

 

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ペリー来航に使っていた『黒船』
ペリー提督が箱館に来航した際に使われた『黒船』です。船自体は蒸気船で、いかにも黒い船です。

 

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旧イギリス領事館 カフェ
領事館のカフェでは、箱館の西洋文化イギリスにちなんだティータイムを異国情緒な雰囲気とともに楽しむことが出来ます。

ビクティニ:異国情緒な雰囲気を楽しみながらのティータイムはまた格別だ。

ミュウ:スコーンも美味しい!

ゴンベ:サンドイッチがうまいっぺ!

シャワさん:たまにはティータイムもたまにはいいものだ。

 

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ハリストス正教会

ハリストス正教会は安政6(1859)年、敷地内に建てられた初代ロシア領事館の付属聖堂として建立したのがはじまりで、正しくは『箱館復活聖堂』といわれています。

文久元(1861)年、青年司祭ニコライが、ロシアから来函し説支円禁断を持って日本で最初にギリシャ正教を布教しました。明治40(1907)年の大火で類焼したものの、大正5(1916)年、聖堂はロシア風ピザンチン様式で再建されました。この聖堂内部に、丸天井を装架しているのがこの様式の特徴です。これは屋根に設置された複数の十字架と、その装飾部を飾る冠状の構造が独特の形状をつくっており、緑色の銅板屋根は昭和43(1968)年に改装され、緑青を合成的に熟成したものです。再建当時の大鐘(重さ2トン)は、大正12(1923)年の関東大震災で大破した東京ニコライ堂復興の際に移され、代わりに大小6個1組の鐘と交換され、リズムとともにメロディを送る音色から『ガンガン寺』として市民から親しまれましたが、その鐘も戦時中供出されてしまったようです。現在の鐘は三重県桑名市の美術鋳造家から昭和58(1983)年6月に献納されたものです。同時に国の重要文化財に指定されました。

ビクティニ:ハリストス正教会だ。屋根にそびえ立つ十字架がたくさんあるのは珍しい。

ミュウ:大きな教会だね。

 

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八幡坂

函館の元町エリアは坂道が多いことで有名です。

『基坂』をはじめ、『八幡坂』『日和坂』『魚見坂』など、18の坂道があります。中でも『八幡坂』CMやドラマのロケ地として使われてきたのが有名です。何でもCMの影響で『チャーミーグリーンの坂』と呼ばれたこともあるとか。洋風な街並みや港町のある坂道はまさに明治期当時のロマンを感じさせられる雰囲気です。

ビクティニ:坂道からは海が見えるよ。

ミュウ:雪景色もまたいい雰囲気だね。

 

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函館護国神社

函館護国神社にも参拝しました。

 

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函館名物 塩ラーメン

函館は塩ラーメンも美味しいです。寒い冬の時期にはちょうどいいです。

ビクティニ&ゴンベ:いただきまーすだ!

 

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雪景色の五稜郭

さて、今度は五稜郭タワーに行ってみます。五稜郭タワーからは雪景色の五稜郭が見下ろせます。五稜郭はもともと箱館御役所としての役割を持っていたのです。タワーから見る雪景色の五稜郭はまるでモノクロのようです。五稜郭の中央にある建物は『箱館奉行所』という建物を復元したものです。

先程も記述したように、嘉永6(1853)年のペリー艦隊による『黒船来航』によって『日米和親条約』を締結し、箱館の開港を宣言しました。そんな開港を前にした徳川幕府は、開港場となる箱館での外国との交渉や蝦夷地の防衛などを担当するため、『箱館奉行』を配置することになりますが、その役所や役宅が密集した市街地にあることや港に近く寒気が厳しいなどの生活環境、さらに上陸した外国人による市街地の遊歩に伴い役所が見透かされるといった幕府の威厳の問題があること。そして港に近い位置にあるということもあり、艦船からの標的になりやすいという防衛上のリスクがあることから、役所・役宅ともに内陸の平坦地へ移転させることとなります。移転にあたっては、四方に土塁を巡らした中に役所を建設し、附近の河川から水流を引き込み周囲を水堀で囲むという形態が計画されました。それが星型の形状をした堀が特徴的な『五稜郭』のはじまりとされているのです。

 


五稜郭タワーを見学するミュウとビクティニ

 

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ペリー提督が来航した時の様子
 嘉永7(1854)年、箱館にペリー提督が来航した時の様子です。これは幕府がアメリカ大統領からの親書を受け取り、『日米和親条約』を締結している様子と思われます。

 

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外国の文化を受け入れる市民
 これは幕末の市民の様子です。ペリー提督の来航によって開港が決まると、これまでの市民の生活が一変し、西洋文化を受け入れることになります。

 

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五稜郭の設計に手掛ける奉行
 その一方で、開港を悟った徳川幕府は、開港場となる箱館での外国との交渉や蝦夷地の防衛などを担当する箱館奉行を配置するための設計が行われます。その際、艦隊からの攻撃を避けるため、内陸に設置し、かつ周りを水路で囲むように設計されたのです。その際、武田斐三郎はヨーロッパの城郭都市をモデルとする要塞を考案していたようです。

 

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五稜郭建設時の様子
これは、五稜郭が建てられている時の様子です。五稜郭は、堀で囲まれた五芒星型の堡塁と半月堡(馬堡塁)で構成するように約7年の歳月をかけて築城されたのです。

 

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旧幕府脱走軍 蝦夷地に侵入

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旧幕府脱走軍 五稜郭入城及び箱館占拠
 『鎖国政策』とともに維持されてきた徳川幕府の権力は、『開国』を巡る国内対立を発端として陰りをみせ始め、薩摩長州両藩に討幕の密勅が出されたことで、慶応3(1867)年、徳川慶喜は政権を朝廷に戻した『大政奉還』によって徳川幕府は崩壊。その一方で、箱館御役所(五稜郭)では、明治元(1868)年5月、箱館奉行から明治政府の箱館裁判所総督へと事務の引継ぎが整然と行われ、幕府による蝦夷地統治の中心であった五稜郭は、元治元(1864)年6月の業務開始から、わずか4年で幕を降ろすこととなりました。
箱館での平和の裡に行われた政権移譲とは異なり、明治元(1868)年正月、京都では薩摩長州連合軍と旧幕府軍が衝突(鳥羽伏見の戦い)し、『戊辰戦争』が勃発。江戸に向けて進軍を続ける薩摩藩長州藩などの連合軍に対して旧幕府軍の劣勢はあらわかで、江戸城の無血開城、上野の山に立て籠もった彰義隊の潰走(上野戦争)などにより、陸軍はほぼ壊滅したのです。
江戸城の無血開城を潔しとしない旧幕府陸軍の残存諸隊が、新政府に抵抗を続ける東北地方の諸藩を目指して相次ぎ江戸を脱走する最中、旧幕府海軍の副総裁である榎本武揚は、当時最強といわれた軍艦『海陽』を始めとする無傷の幕府艦隊を江戸湾の品川沖に集結させます。これは新政府からの再三の軍艦引き渡し命令にも従わなかったほどです。そして、徳川家の石高が十分の一に減らされたものの駿府での存続が認められたことを確認すると、艦隊を率いて江戸湾を脱走します。艦隊は、東北地方の諸藩が新政府に対抗して結成した『奥羽越列藩同盟』の支援のため仙台の松島湾にて来航。しかし時既に列藩同盟は相次ぐ同盟離脱・落城降伏により瓦解寸前。ここで、北関東から東北地方を転戦してきた土方歳三に率いられた新選組などの旧幕府軍の諸隊や抗戦を叫ぶ東北諸藩の部隊を艦隊に加え、蝦夷地へ向かいました。

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箱館戦争
明治元年10月20日、3,000名ほどに膨れ上がった旧幕府軍は、開港場であり諸外国の領事館や商社も存在する箱館への上陸を避けつつ、箱館から十里ほど北に位置する内浦湾(噴火湾)の鷲ノ木(現、森町)へ上陸。明治新政府の箱館府(箱館裁判所から改称)のある五稜郭を目指して南下を始めます。その時、榎本武揚は蝦夷地渡航を前に明治新政府に対して、生活の糧を失った旧幕府家臣達の生活安定のための蝦夷地開拓の趣意嘆願をしており、同様の嘆願書を箱館府へ提出しようとしますが、10月22日、箱館府との間に戦端が開かれてしまいます。戦闘経験の豊富な旧幕府軍に対して迎撃する箱館府兵の抵抗はあまり効果なく、敗報に接した箱館府は青森へ退避し、26日に旧幕府軍は無人となった五稜郭を占拠しました。五稜郭はついに旧幕府軍の本営となり、明治維新動乱の最後の舞台となってしまいます。これがいわゆる『箱館戦争』す。
箱館を抑えた旧幕府軍は、明治新政府に与する松前藩に対して平和共存を訴えたものの、松前藩は抵抗の動きを見せたことから、土方歳三を長とする陸軍部隊を松前攻撃に派遣して11月5日、松前藩の福山城を制圧し、松前藩主一行は津軽へと脱出したのです。この間に、陸軍支援のため、松前へ向かった旗艦『開陽』が日本海の冬の風波によって江差沖で座礁沈没、さらにその救援に向かった軍艦『神速』も沈没するといった失態もあったものの、旧幕府軍は蝦夷地から新政府の勢力を一時的に駆逐しました。

 

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明治新政府軍の反撃
 旧幕府軍は箱館在留の諸外国の領事に対して、従来通りの権益を認めるなどの懐柔政策で対外関係を維持するとともに英仏軍艦の艦長に託し、蝦夷地開拓の請願書を新政府へ届けたものの、ついに受け入れられることはなかったのです。その一方、上等士官以上の者による入札で総裁以下の役職を選出、12月15日には蝦夷地領有の宣言が為され、暫定的な軍政機構が整えられました。しかし、当時最強の軍艦であった『開陽』の沈没による戦力低下から、旧幕府軍は明治新政府と対等な勢力である『交戦団体』とは認められなくなり、諸外国は『局外中立』を撤廃。旧幕府軍は、新政府に対する単なる叛徒として、征討の対象となったのです。新政府軍は、局外中立の撤廃とともにアメリカから引き渡された軍艦『甲鉄』を旗艦として征討軍を編成し、明治2(1869)年3月9日、蝦夷地へ向けて品川沖から艦隊が出航したのです。
蝦夷地への北上途中、宮古湾での旧幕府軍による『甲鉄』奪取のための奇襲作戦を撃退した新政府軍は4月9日、日本海側の乙部に上陸を開始し、瞬く間に江差を奪還、三方向から箱館へ向かったのです。圧倒的な戦力で迫る新政府軍により脱走軍守備隊が次々撃破されていく最中、江差から箱館への最短経路である江差山道の山中に布陣した土方歳三の指揮する部隊は、増強される政府軍を激しい銃撃で撃退し続けたものの、残る二方面の脱走軍が敗走したことから、退路を断たれることを恐れた五稜郭本部からの命令で撤退したのです。
5月11日、箱館と五稜郭を残すのみとなった旧幕府軍に対して、新政府軍は総攻撃を開始。箱館山の裏側の断崖を登攀した奇襲部隊が箱館市街地を一気に奪還。箱館の北方山手からと箱館湾の海岸沿いには、軍艦からの艦砲射撃の支援を受けた新政府軍の陸軍本隊が進み、五稜郭に迫ります。陸軍奉行並として土方歳三は、市街地奪還のために一隊を率いて五稜郭を出撃したものの、市街地の境界を突破する際に銃撃を受けて絶命したのです。海上でも両軍の軍艦による砲撃戦が繰り広げられ、波の静かな天然の良港である箱館港が大火に包まれる惨禍に見舞われました。
旧幕府軍の海軍が全滅した後、新政府軍は軍艦を港内の奥深くへ進入させ、『甲鉄』の七十斤アームストロング砲による五稜郭への艦砲射撃を開始、旧幕府軍の本部に多くの被害を与え戦意を奪う一方で、箱館病院の医師・高松凌雲を仲介として降伏を勧告しました。

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箱館病院で新政府軍に降伏を乞う医師
箱館の住民にも大きな被害を出す最中、新政府軍に味方をする住民組織による旧幕府軍に対する破壊工作などもあり、降伏勧告にも最後まで抵抗していた『千代ヶ岱台場』の玉砕により箱館戦争の全ての戦闘は終息し、榎本武揚ら旧幕府軍の首脳は、5月17日、新政府軍の斥候所に出頭し降伏の条件を話し合いました。翌18日の早朝、五稜郭内に整列した旧幕府軍将兵の見送りを受けた榎本以下の幹部四名は、新政府軍の会議所へ赴き護送されていったのです。将兵は武装解除された上、寺院などへ収容され、箱館周辺と北海道南部、渡島半島全域を半年間にわたって戦火に包んだ箱館戦争は、旧幕府軍で約800名、明治新政府軍で約300名の犠牲者を出して終結しました。これは徳川家臣団による蝦夷地開拓の夢は儚く潰え去り、多くの人々の命と引換えに、近代日本の基礎が造られていくことになります。

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亀田八幡宮の神前にて降伏する様子
榎本ら旧幕府軍の幹部は東京へ護送され投獄されたものの、明治5(1872)年には赦され、多くは北海道開拓使への出仕を命じられました。中でも榎本武揚は、開拓使を皮切りに明治政府の要職を歴任し大臣としても活躍、日本の発展に力を尽くしていくことになったのです。

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箱館戦争終結後の五稜郭の様子
箱館戦争の終結後、五稜郭は再び明治政府の兵部省の所管となったものの、二度と行政府として歴史に現れることはありません。明治4(1871)年には、郭内の御役所庁舎は解体され、広場となった跡地は明治の陸軍の練兵場として使用されていたのです。その一方で人々は五稜郭の水堀を積極的に利用していました。五稜郭の水堀では冬期間の結氷を伐り出す採氷事業が行われ、明治4年の厳冬期に採取した氷670トンを本州各地へ送り出し、当時は高価なアメリカからの輸入氷を市場から駆逐することで、函館の一大産業ともなったエピソードもあったようです。
その後は大正3(1914)年から公園として一般開放され、五千株の桜の苗木が植樹されています。これは北海道でも有数の桜の名所として現在に至っており、現在では、市民による、歴史を題材としたイベントの会場として四季を通じて利用され、現在に至っています。

 

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星型にライトアップされた五稜郭

・・・と五稜郭の歴史を語ったところで、17:00から五稜郭のライトアップです!星型に光る五稜郭の明かりは幻想的に輝いています!周辺の夜景と星型に光る五稜郭はまるで銀河の世界のようです。御役所もライトアップされています。さらに五稜郭には「ようこそ函館へ!」の文字が映し出されています。

 

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函館駅前のイルミネーション
 函館駅前のイルミネーションもとても素敵です。やはり雪とイルミの組み合わせはまさに北国ならではのコラボレーションですね。

ビクティニ:函館のイルミネーションが幻想的だ。

ミュウ:素敵だよね。

 

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二度目のプリンスホテルに宿泊

さて、この後ははこだてライナーで新函館北斗駅まで移動し、そこからバスでプリンスホテルにてチェックイン。2度目の宿泊となります。最初は函館で夕食にしようと思っていたのですが、五稜郭の夜景も見たかったので、プリンスホテル内での夕食となりました。

 

5日目終わり

6日目に続く・・・

令和初の正月旅行 北海道&東日本パスで函館へ 4日目

こんにちは。あらためまして、明けましておめでとうございます。今回は、元旦の日函館の神社初詣をしようと思います。

 

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新年最初の朝食

朝食は伊達巻に黒豆に数の子に昆布巻きに筑前煮など、お正月らしくおせち料理です。

ビクティニ:みんな、明けましておめでとう!

ミュウ:明けましておめでとう!

ゴンベ:明けましておめでとうだっぺ~!おせち料理うまいっぺ!

シャワさん:明けましておめでとう。これからもよろしくな。

 

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門松

お正月なので、ホテル玄関に飾られた門松が新しい年を思わせます。さて、函館方面へ参りましょう・・・。

 

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元旦の大沼公園

大沼国定公園にやってきました。朝食を食べていた時には晴れていたようですが、ここから駒ヶ岳が見えるはずなのですが、雲の中に隠れてしまったようです。それにしても、雪に覆われた大沼湖はまさに銀世界ですね。

ビクティニ:元旦とはいえ、駒ヶ岳は見えないようだ・・・。初日の出見たかったね・・・。

ミュウ:雲に隠れちゃったのかな?

 

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函館本線のディーゼル

函館本線の列車はみんなディーゼルです。このあたりは、普通列車のディーゼルをはじめ、特急列車貨物列車などもバンバン通過しています。写真の列車は『キハ40系』という国鉄時代からあるディーゼル列車です。

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函館本線には2つの支線が存在している

実は駒ヶ岳や大沼国定公園周辺の函館本線には『藤代支線』『砂原支線』の2つ路線が存在します。

『藤代支線』七飯駅~大沼駅が本線と並走するように、『砂原支線』本線が大沼公園内を通過しているのに対し、大沼駅~森駅間の海側を走っています。これらの路線が、本線を8の字を描くようにまたがっています。これは列車の行き先が同じでも、途中の経路が経由する列車によって異なります。例えば、函館駅発森行きの普通列車が「砂原経由」と表記されているのなら、砂原支線経由になります。経由が「大沼公園経由」なら「本線経由」になります。では、なぜ2つに別れているのかというと、これにはそれぞれの経緯があります。

『藤代支線』は路線図を見れば分かるように七飯駅~大沼駅間には駅が一つもありません。北海道新幹線の接続駅である新函館北斗駅とは別の場所に敷かれているためスルーされています。なぜかというと、新函館北斗駅のある本線は勾配が急であることから、下り列車(札幌方面への列車)がその勾配を通過できるようにするため、緩やかな勾配を高架橋として敷かれたものです。なので基本的には、普通列車の一部の列車、新函館北斗駅を経由しない特急列車、貨物列車などの下り列車のみ通過すると思われます。
一方、『砂原支線』本線とは対照的に駒ヶ岳の内浦湾側(噴火湾側)を走っています。これも経緯としては藤城支線と同じですが、もともとは第2次世界大戦中に貨物列車の輸送力増強のため、急勾配のある本線とは別の場所に『バイパス線』として建設されたものとされています。なお、その路線ができる前は『渡島海岸鉄道』と『大沼電鉄』の2つの私鉄があったようですが、いずれもその路線が函館本線の支線として国鉄に買収されたようです。現在では、一部の普通列車が砂原線を経由し、上り(函館方面への列車)の貨物列車が通過します。

 

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キハ40系車内と雪景色の車窓
北海道で活躍しているキハ40系の内装はほぼ国鉄時代のままです。もちろん普通列車のディーゼルなので、のんびりした速度で走っています。これに乗っていると、いかにも旅情を誘う感覚です。

ビクティニ:雪景色の北海道はいいよね。

ゴンベ:外は雪だらけだっぺ~!

 

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はこだてライナー
 さて、新函館北斗駅ではこだてライナーに乗り換えます。はこだてライナーは北海道新幹線の開業後に合わせて、もともと渡島大野駅だった駅が新函館北斗駅として開業し、新函館北斗駅と函館市街の利便性を図るため、新函館北斗駅まで電化されて登場したのです。また、はこだてライナーには快速普通列車の種別があるようです。

 

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函館駅

11:25 函館駅に到着。

ここから函館市内を周遊します。

ビクティニ:元旦になってからようやく函館に着いたね。

ミュウ:でも、さっきより寒いね・・・。

 

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函館本線の起点
函館本線は函館駅を起点として、小樽・札幌を通り、終点の旭川を458.4kmで結ぶ北海道で1番長い路線です。函館と札幌を結ぶ幹線ということもあり、特急列車貨物列車などがたくさん通っています。

 

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函館の街に到着

さて、関東から出発して4日・・・ついに函館の街に到着です!

函館市は、約26万人あまりの街で、当然ながら北国なので冬は雪が降るほど寒い気候です。また、100万ドルの夜景をはじめ、海鮮丼イカ漁レトロな街並み教会や修道院などといった観光地が有名です。

ビクティニ:さあ、函館に着いたところで函館ゆかりの神社に初詣に行きましょうか・・・。

ミュウ:あちこちに雪が積もっているね。

 

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函館八幡宮

・・・ということで、函館駅から路面電車に乗り換えて『函館八幡宮』にて初詣に・・・。『函館八幡宮』は市電で谷頭地駅で下車して徒歩10分のところにあります。

ビクティニ:神社に着いたと思ったら雪が降ってきちゃった。

ミュウ:うう・・・寒いね~。

 

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函館八幡宮にて初詣

 ということで、初詣です。

函館八幡宮は後花園天皇文安2(1445)年、亀田郡の領守河野加賀守政通が、この函館の地に館を築いた際にその東南の隅に八幡神をお祀りしたと伝えられたと言われている函館ゆかりのある神社です。

ビクティニ:(二礼二拍手一礼)今年は災害の無い日になれますように・・・。

ミュウ:(二礼二拍手一礼)ティニくんとまた旅行ができますように・・・。

 

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函館八幡宮の御朱印

御朱印もいただきました。

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函館ひかりの屋台 大門横丁

 さて、初詣が終わったところで函館駅前にある『函館ひかりの屋台』を散策してみます。ここでは、函館ならではのグルメやお土産の屋台が取り揃っています。また、昭和の雰囲気がモチーフになっています。

 

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大門横丁はレトロな雰囲気に包まれている

大門横丁の内装はブリキの看板など、昭和の雰囲気ならでは雰囲気に包まれています。その昭和の雰囲気にちなんで丼店のほかに居酒屋やラーメン店などがあります。ただ、元旦なのであまりやっているお店が少なかったので、フードコートにある油そば屋で油そばをいただきました。

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抹茶のスイーツ

また、せっかくなのでスイーツも頂いてみます。木の容器に入った抹茶のティラミスはとても濃厚でかすかに木の香りがするので美味しかったです。

 

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函館ベイエリア

さて、今度はベイエリアにやってきました。ベイエリアはその名の通り、海沿いにあるエリアで赤レンガ倉庫が立ち並んでいます。

赤レンガ倉庫は、金森倉庫の創業者である初代渡邉熊四郎が後に金森洋物店として開業したのが始まりと言われています。明治2(1869)年、榎本武揚ら旧幕府軍が降伏し、開拓使出張所が函館に置かれたという新しい時代…。当時24歳、長崎から函館にやってきた熊四郎は、旧金森洋物店(現市立郷土資料館)・旧金森船具店で輸入雑貨や船具の販売等、数々の事業を営み、特に社会、文化事業に果たした、いわば『函館四天王』の一人として創設期の函館に数々の業績を残しました。その功績は後に、学校や病院の建設、公園や水道施設の整備等、多くの公共事業にも貢献したのです。

ビクティニ:僕らの後ろには『赤レンガ倉庫』があるよ。これが函館のシンボルの1つでもあるんだよね。

ミュウ:雪が降ってきたね・・・。寒い・・・。

 

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函館 赤レンガ倉庫

函館のベイエリアにあるレンガ倉庫は、明治20(1887)年に営業倉庫業に乗り出した時、三菱会社との合併により日本郵船会社となったことで、不要になった共同運輸会社の倉庫建物、地所を買い取ったのが倉庫業の始まりです。創業当初は預かり荷物が不足していたものの、明治23(1890)年頃には海運隆盛の動きに比例するように預かり貨物量が増大し、倉庫が不足するほど重要な倉庫だったといいます。しかし、明治40(1907)年8月、東川町より出火した火災によって金森倉庫は6棟が焼失という大損害となりました。それでも、その後はすぐに不燃質倉庫の再建を指示し、あれだけ大規模な火災だったのにも関わらず、驚くほど復興が早く遂げたのです。そして、明治42(1909)年5月に完成したのがこの『レンガ倉庫』といわれています。

しかし、昭和後期に入ると輸送形態の変化や北洋漁業縮小などの諸事情から、倉庫業はかつての活気は失っていきます。その一方、金森倉庫(後のレンガ倉庫)が注目されるようになり風格のある建造物から、映画やテレビ、CMなどに写し出され、知名度が徐々に高まっていきました。当時の金森倉庫幹部らは、倉庫業における危機的状況を回避すべく、会社に余力があるうちに新たな事業への転換をと考えることとなったのです。そして、昭和63(1988)年4月、『金森赤煉瓦倉庫』『金森赤レンガ倉庫』という観光スポットとして海運業が盛んだった当時の面影を今でも色濃く残し、今日に至っています。

ビクティニ:洋風な赤レンガが、かつての倉庫として活躍していたことを物語っているね。今ではショッピングスポットとして活用されているよ。ちなみに、我々はお土産にオルゴールを買いました。

ミュウ:レンガ造りの建物はすごいよね!

 

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函館山ロープウェイで夜景を見に行こう

函館は100万ドルの夜景が綺麗なことで有名です。夜景を見るのなら、函館山の山頂から見るのがおすすめです。函館山は、ロープウェイで行くことが出来ます。ロープウェイの運賃は往復で1,500円です(子供700円)。

 

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函館山ロープウェイ
125人も収容できる大きなゴンドラは秒速7mという凄まじい速度で上っていきます。この速さなら約3分で山頂に行けます。そして、元旦ということもあってか、ゴンドラの中はかなり混んでおり、しかも外国人観光客が結構多かったようです。

 

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函館山から見た夜景
山頂に到着しました。函館山は標高334mあります。山頂には展望台があり、そこから函館の100万ドルの夜景が見下ろせます。また展望台の他に、レストランや売店などがあります。ただ、我々が展望台に着く頃には既にデッキ側はとても混んでいたので、撮影するのにはブレまくりですm(_ _)m でも、初めて函館の夜景が見れたので満足ですハイ・・・。さらに雪が降っているので、デッキにいるだけでも手が固まるほど寒かったので、撮っては建物の中への繰り返しになりました・・・。

 

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函館名物『いかめし』

売店では『いかめし』も売っていたので、いただきます。

ゴンベ:これが『いかめし』だっぺ!これが食べたかったっぺ~!いただきますだ~!

 

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建物内から撮った夜景

外で撮った時は混んでいた上、ブレまくりだったのに建物内から撮ると何故か綺麗に撮れるようです。これは、帰りのロープウェイの待ち時間に撮ったものです。そして、帰りのロープウェイもかなり混んでいました・・・。

 

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夜の函館市電

さて、日が暮れてきたので、市電で今夜のホテルに向かいます。

ただ、この時期は正月ということもあり、大晦日の終夜運転もあってか、元旦の市電は18時台で終電になってしまうとのこと。もし終電に乗り遅れたらタクシーを呼ぶ羽目になりますので注意しましょう。また、その時期以外でも夜になると本数が減り、終電も早くなってしまうので、よく調べてから行動するのが望ましいでしょう・・・。

 

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今夜のホテル

・・・ということで、今夜のホテルに到着です。この後、ラーメン食べに市電で行こうと思ったのですが、既に終わってしまったようで・・・。また、元旦なのでやっている飲食店はあまりないとのこと。仕方がないので近くのコンビニで夕食を買って部屋で食べることとなりました。

 

4日目終わり

5日目へ・・・

令和初の正月旅行 北海道&東日本パスで函館へ 3日目

こんにちは。今回は、大晦日に北海道新幹線で青函トンネルを通り、北海道(道南)にある大沼国定公園まで進んで行こうと思います。

 

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大晦日の弘前の街並みと岩木山

大晦日は『太宰治ゆかりの地』にして城下町として知られる弘前市から出発します。雪国の町と遠くに見える岩木山が雲に被っている光景が冬の北国ならではの風景ですね。 

 

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昔ながらの雰囲気が残る商店街
弘前の街並みや城下町の周辺を散策してみます。地方都市とはいえど、昭和レトロな雰囲気が残る商店街もまた素朴なものです。

 

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弘前城のお堀
弘前城の入り口までやってきました。ここは弘前城三の丸追手門という入り口ですが、お堀の岸辺に佇んでいるハクチョウも冬の城下町ならではの光景です。お堀のカルガモたちも優雅に泳いでおります。

 

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弘前城 三の丸

弘前城は津軽藩の居城で慶長16(1611)年二代目藩主津軽信枚によって築かれたお城です。また、このお城自体は国の重要文化財として指定されています。

 

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弘前城のマップ
弘前城の城跡は約49万2千㎡(約14万9千坪)の面積を持ち、本丸・二の丸・三の丸・四の丸・北の郭・西の郭の六郭をはじめ、三重の濠と土塁で構成されています。また、城跡には植物園博物館市民会館なども併設されているようです。

 

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弘前城の見どころ
弘前城の見どころといえば、春に咲く桜のシーズンが有名です。桜は4月下旬頃~5月上旬とちょうどGWが見頃と思われます。

 

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弘前城 辰巳櫓
弘前城は、本丸の他にもそれと似たような櫓(建造物)がいくつか建てられているのが特徴です。写真の濠の向こうに建てられているものは『辰巳櫓』ですが、これの他にも『丑寅櫓』『未申櫓』など、3つの櫓が存在します。この櫓は城郭にとりつく敵への攻撃や物見のために造られたもので、防弾・防火のため、土蔵造りとなっています。一・二層は四間四方の同面積になっていますが、三層目だけ小さくして屋根は入母屋という構造です。歴代の藩主は、この櫓から三の丸を通る弘前八幡宮の山車行列などを観覧したと言われています。また、天守から見た方角を十二支で示したもので、辰巳南東に当たることから、その名前となっています。

 

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弘前城本丸(天守)

 弘前城の天守は東北地方で唯一、江戸時代からの建造物として現存する貴重なものです。現在は石垣の老朽化が著しいことから修理工事を進めているようです。そのため、石垣の上にそびえ立つ天守は本来とは別の場所に移転し、ここ本丸内部の仮天守台にて展示が行われています。

弘前藩初代藩主である津軽為信、主家である南部氏からの独立を果たし津軽地方を統一したのが天正16(1588)年のことで、その後の1603年(慶長8年)、為信は津軽地方を治めるために新たな城を築くことを決意し、現在の弘前(当時の旧名は『高岡』だった)の地を選定しました。
築城計画としては思うように進まず、為信は完成を見ることなく慶長12(1607)年、京都にて客死。そして、父の遺志を継ぎ、1611年(慶長16年)。第2代藩主である津軽信枚が高岡城を完成させたといいます。完成当初は五層の天守がそびえていたものの、現在は本丸未申櫓跡となっている石垣こそ、当時の天守台であったのです。ところが、寛永4(1627)年、この五層の天守は火事により失われてしまいます。この出来事から、土地の旧名であった『高岡』が、現在の『弘前』に改められたのはその翌年のことであり、これには魔除けの意味がこめられていたといいます。その後、幕府から弘前藩に対し天守新造の許可が下りなかったことから、長いこと弘前城は、『天守を持たぬ城』となったというエピソードがあったのです。
そして、現在残っている三層の天守は、文化7(1810)年に弘前藩第9代藩主寧親の治世に築かれた当時、その場所にあった本丸辰巳櫓を解体し、新造されたものとされているのです。

 

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青森名物『ねぶた』

 さて、弘前城を一通り回ってきたところで、雪が降ってきたので近くにあった弘前観光館にて休憩、買い物をすることに。

館内には巨大なねぶたが展示されています。青森といえば、言わずもがな『ねぶた』が有名で、毎年8月2日から7日までの6日間、青森市内の目抜き通りにて『夏祭り』として行われる代表的な祭事です。大型の張りぼて人形を乗せた山車や、その周りで踊る『はねと』の大集団で盛り上げます。毎年200万人の観光客が訪れ、昭和55(1980)年には国の重要無形民俗文化財に指定されています。

ミュウ:大きな人形があるけど、これはなんだろうね?

ビクティニ:これは『ねぶた』といって、青森では夏祭りの『山車』として使われているんだ。

 

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新青森駅(道南)へ・・・

その後、弘前駅に戻り新青森駅まで電車で移動します。

ビクティニ:次が10:57発 普通 青森行きで新青森まで行き、さらにそこで北海道新幹線に乗り換えだ。

ゴンベ:お昼ごはんはどうしようっぺ。

 

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弘前駅のメッセージが丁寧

弘前駅を出発するときに「またきて弘前へ」のメッセージでご挨拶です。このメッセージを見ていると青森人の優しさが感じられます。

 

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新青森駅

11:34 新青森駅に到着。ここで北海道新幹線に乗り換えます。

 

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北海道新幹線

11:53発 はやぶさ7号 新函館北斗行き

青森から函館・道南エリアへ鉄道で行くのなら、もちろん北海道新幹線になります。北海道&東日本パスでは、先日書いた記事にあるように『北海道&東日本パス』で北海道新幹線を利用する際は通常の指定特急券でなく『特定特急券(4,000円)』を購入することになります。そのフリーパスは乗車券として適用され、さらに『特定特急券』も併せるとそのまま乗車出来ます。ということで、この北海道新幹線で道南へ向かいます。

 

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青函トンネル

そして、北海道新幹線の最大の特徴といえば『青函トンネル』です。

『青函トンネル』は文字通り、本州側の青森県東津軽郡今別町北海道側の北海道松前郡知内町を結ぶ53.85kmと日本のトンネルとしては最大級の長大トンネルです。このトンネルが出来た経緯について説明すると、かつて青森駅と函館駅を『鉄道連絡船』として結んでいた『青函連絡船』という当時の国鉄によって運営されていました。その際、昭和29(1954)年に発生した『洞爺丸事故』を皮切りに、このトンネルの建設計画が本格化したといいます。トンネル建設の際、本州側が青森県東津軽郡三厩村(現:外ヶ浜町)と北海道側が北海道松前郡福島町を結ぶ『西口ルート』青森県下北郡大間町と北海道亀田郡戸井町を結ぶ『東口ルート』という2つの案で検討されました。当初は陸地間の距離が比較的短い『東口ルート』が有力視されていたようですが、『東口ルート』『西口ルート』よりも水深が深い上、海底の地質調査で掘削に適さない部分が多いと判定されたことから、今別町と知内町を結ぶ『西口ルート』で決定したのです。そして、昭和36(1961)年3月23日に建設開始。9,000億円の建設費に加え、工事での殉職者は34名も出しながらも、国鉄分割化後の昭和63(1988)年3月13日、ようやく『青函トンネル』が完成しました。さらに新幹線が走ることが出来るよう、そのトンネルを通る『津軽海峡線』の線路規格が『新幹線規格』として建設されました。最深部の深さは海面下240mで、これは鉄道トンネル・・・いや交通機関のトンネルとしては世界一の深さを誇っています。
青函トンネル内にある『竜飛海底駅(竜飛定点)』『吉岡海底駅(吉岡定点)』という2つの定点は、列車内で火災や事故などがトンネル内で起きた際、緊急避難用の設備として配置されています。また、一昔前は竜飛海底駅の見学のために下車することができたようですが、平成26(2014)年3月14日には正式に廃止になりました(なお、『道の駅みんまや』に併設されている『青函トンネル記念館』からの見学は可能)。
青函トンネル開業時から在来線として機能してきた津軽海峡線も遂に北海道新幹線を通すこととなり、新幹線用のレールも1本追加することで、『三線軌条』という在来線と新幹線の線路で併用できるような構造となりました。これまで津軽海峡線を走っていた『白鳥』『スーパー白鳥』などの特急列車、『北斗星』『トワイライトエクスプレス』『カシオペア』などの寝台列車は平成27(2015)年から平成28(2016)年にかけて定期運用を終えることとなったのです。そして平成28(2016)年3月26日に北海道新幹線が開業し現在に至っています。青函トンネルを通る列車は新幹線の他に、貨物列車も通っていることから、最高速度は160kmに抑えられていますが、近々貨物列車の高速化も兼ねて『貨物専用新幹線(在来線の貨物列車を更に新幹線型車両に収納する)』が検討されているようです。また、将来的には青函トンネルを通過する時の最高速度260kmを目指し、試運転が行われているようです。ちなみに将来の北海道新幹線は2030年度を目処に札幌まで延伸する予定で工事が進められています。

 

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新青森駅の駅弁

ちょうど昼食時なので、新幹線の車内にて昼食をいただくことに。

ちなみに『特定特急券』は通常の指定特急券より若干安価ということもあり、基本的には『立ち席』という扱いで、北海道新幹線の座席はすべて『指定席』ですが、席が空いていれば座ることは可能です。

もっとも新青森駅では殆ど降りる乗客が多く、年末とはいえも実際はそんなに函館方面に行く乗客は多いわけではないですしね(^_^;)

ビクティニ:さあ、お昼ごはんだ。お!うに食べ比べ弁当か・・・。うになんてなかなか食べられないから嬉しい!いただきます!

ゴンベ:待ちに待った昼食だっぺ!いただきますだ~!

 

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青函トンネルを抜けた先は北海道です!

25分掛けて53.85kmという長大な青函トンネルを抜けると、そこは北国・・・そう、北海道に上陸です!木古内駅に近づくと在来線用線路は分離され、あとは新函館北斗駅までは一直線です。

ビクティニ:北海道だ~!

ゴンベ:ついに来たんだっぺ~!

 


北海道新幹線で青函トンネルを通過し、北国へ・・・

 

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新函館北斗駅

12:52新函館北斗駅に到着

さあ、北海道新幹線の終着駅『新函館北斗駅』に到着です。

ビクティニ:ここが新函館北斗駅か・・・。これから札幌まで延伸することになるだろうね・・・。ということで、我々は道南エリアにやってきました。これから大沼公園にて散歩しようと思います。

ゴンベ:北国というだけあって寒いっぺ~。

 

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北海道の特急

新函館北斗駅は文字通り函館へのアクセス駅として特急や普通列車の他に『はこだてライナー』も出ています。もちろん、大沼公園へのアクセスとしても普通列車や特急の他に、路線バスも出ています。

ここから特急で大沼公園まで行くのには距離的に近いので、特急オプション券(6,000円)1日だけ北海道の特急が何回でも利用できるとはいえ、買うと元が取れません。大沼公園駅までの運賃は乗車券(340円)自由席特急券(320円)660円です。なので、新青森駅から大沼公園まで移動する場合、北海道の特急を含めた乗車なら、フリーパスを除くと特定特急券4,000新函館北斗から大沼公園までの乗車券と特急料金660円合計4,660円オプション券より1,340円も安くなるというわけです(ただし札幌・旭川・釧路など遠くまで行く場合はオプション券がおすすめ)。

ちなみに特急列車の車内は結構混んでいて、おまけに外国人観光客が多数乗車しているようでした。

13:08発 臨時列車 特急北斗91号 札幌行き 

 

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大沼公園駅に到着

13:20 大沼公園駅に到着

ということで、大沼公園駅に到着。文字通り大沼国定公園の最寄り駅です。

ビクティニ:目的地の大沼公園に到着です!

ミュウ:う~、寒いね・・・。

 

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大沼公園駅

大沼公園駅の駅舎は洋風な雰囲気です。駅前は雪が積もっています。大沼国定公園はここから徒歩5分のところにあります。

ビクティニ:ここまでやってくると達成感というか来た感を感じる。せっかくだからこのあたりの公園を散策してみよう。冬の北国というだけあって寒い・・・。

ゴンベ:でも、今日は晴れてるっぺ。

 

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大沼国定公園

大沼国定公園は昭和33(1958)年には北海道で最初に国定公園に指定され、さらに平成24(2012)年にラムサール条約登録湿地となった道南エリア唯一の国定公園です。

『大沼』『小沼』『じゅんさい沼』の3つの湖をはじめ、周辺には大小の湖沼を含む自然豊かな国定公園で、それぞれの湖沼に126の島々が浮かぶ風景が風光明媚です。その中で『大沼』は3つの湖の中では一番大きく、寛永17(1640)年に起こった駒ヶ岳の大噴火によって堰き止められて成形された湖です。あたかも自然が生み出した日本庭園のような景観から、江戸時代から親しまれ、函館開港後には外国人も訪れていたといいます。

 

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大沼国定公園は名曲『千の風になって』の発祥の地
また、大沼国定公園には『千の風になって』のモニュメントがあります。これは作曲家の新井満氏が親しい人を亡くした友人のために訳詞・作曲をこの大沼で行ったのを記念したことから、その名曲の発祥の地とされているのです。

 

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平成年で最後にして令和初の大晦日

平成最後の年となった今年最後の日ということで、大沼公園を散策してみます。

大沼公園には『大島の路(所要15分)』『森の小径(所要20分)』『夕日の道(所要25分)』『島巡りの路(所要50分)』の4つウォーキングコースがあり、先程の『千の風になって』のモニュメントがあった場所が『大島の路(所要15分)』になります。今、我々が歩いているのが『島巡りの路(所要50分)』ですが、ここからでも十分夕日が見れます。これだけ大自然に恵まれた国定公園で平成年最後の夕日を拝むのもまた良いものです。

ビクティニ:あの陽が沈んだら、平成の終わりということになるのだろうね・・・。あの夕日を見ていると、本当に「平成って終わるんだな」という感じで寂しくなるね・・・。

ミュウ:たしかにあの夕日を見ていると寂しく感じるよね・・・。

 

・・・しかし、この後は雪が降ってきたので、早めにホテルにチェックインすることにしました・・・。

 

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ホテルの部屋
ということで、大晦日は大沼公園の西側にある函館大沼プリンスホテルにて年越しを過ごそうと思います。なんでも品の良いホテルということで、平成の終わりを告げる年越しを迎えるのには絶好だと思われるでしょう。

ビクティニ:さっきの大沼公園にいたら、雪が降り出した。あとは温泉や食事を楽しむか。ついでにガ◯使を見て・・・。

ミュウ:良いお部屋じゃない。

ゴンベ:どんなごちそうが出るのか楽しみだっぺ!

シャワさん:まあ、今日は平成を振り替えながら年越しを拝もう・・・。

travel.rakuten.co.jp

 

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夕食1

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夕食2

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夕食3
プリンスホテルの夕食です。バイキングで出たメニューの内容が非常に豊富で美味しかったです。もちろん正月ということもあり、おせち料理に出るような黒豆や数の子、北海道ならではのグルメである海鮮カレー・海鮮丼なども豊富です。

ビクティニ:最後の最後で豪華な夕食だ!いただきます!これは絶品だ!!流石北海道!!

ミュウ:これは美味しいね!!

ゴンベ:うんめえええっぺ!

シャワさん:これは最高に美味しい!こんなに美味しいものが食べれるのは久しぶりだ!

 

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令和初の年越しを迎える・・・

そして、年越しはお部屋でマリオストーリーのエンディングにて過ごすことに・・・。

ビクティニ:やはり昔のゲームは感動してしまうね・・・。みんな明けましておめでとう!

ミュウ:明けましておめでとう。とうとう年を越したね・・・。

ゴンベ:明けましておめでとうだっぺ!

シャワさん:明けましておめでとう。やはり懐かしいもので年越しを迎えるのは何とも言えないぐらい泣けるよね・・・。

作者:昔はこれでよく泣いたものだ・・・。みんな、明けましておめでとう。

 

・・・こうして、平成の思い出を振り替えつつ、令和初のお正月を迎えたのでありました。

 

★おまけ★

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ビクティニ:「白い恋人」のドリンクとプリンをいただきます。・・・やはり美味しい!北海道といえば「白い恋人」でおなじみだから、北海道に来るとこれが飲みたくなるね。

 

みなさん、あけましておめでとうございます。当ブログをよろしくお願い致します!

 

3日目終わり・・・

4日目へ・・・

令和初の正月旅行 北海道&東日本パスで函館へ 2日目

こんにちは、今回はJR羽越本線のジョイフルトレインとして運行されている快速『海里』に乗車し、その後は弘前まで移動しようと思います。

 

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朝の弥彦温泉街

さて、弥彦駅を8:20に出る電車に間に合うように旅館を朝8時頃に出ます。朝の弥彦温泉街は静かで清々しいです。奥に見える弥彦神社の鳥居が静けさと荘厳な雰囲気を醸しています。

ビクティニ:今回は朝食の代わりに『海里』のお弁当が食べたいので、あえて朝食はなしで旅館を出発だ。

ミュウ:神社の前に温泉街があるから静かだね。

 

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朝のもみじ谷

温泉街から駅まで移動する際、途中でもみじ谷も通ってみましたが、冬の時期は寂しいものです。

 

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弥彦線の電車

ということで、弥彦駅からJR弥彦線と越後線の電車で新潟駅まで移動します。8:20に出る吉田行きに乗車し、そこで越後線に乗り換えて新潟駅まで進みます。

 

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車窓から見る弥彦山

そして越後線で新潟駅まで移動します。車窓からは弥彦山のシルエットが見えます。

 

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臨時快速列車『海里』の宣伝

新潟駅には臨時快速列車『海里』の宣伝がされています。2019年10月から運行を始めたばかりです。運行区間は新潟~酒田間で以前に走っていた『きらきらうえつ』と同様のようですが、『新潟や庄内の食と景観を楽しむための列車』がコンセプトになっています。

 

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快速『海里』の案内表示

新潟駅を出る快速『海里』は10:12に出発します。『きらきらうえつ』と同様に全車指定席ですが、『きらきらうえつ』は定員数が116名に対して、『海里』の場合は定員数が86名、中には24席旅行商品専用の席があり、それを除くと指定席がなんと62席です。さらに、今回は冬ダイヤで運行されているため旅行商品の設定がされていないので、実質定員62名ということになります。・・・ということは『きらきらうえつ』のほぼ半分と以前よりかなり定員数が減っているようです。

ダイヤとしては『通常ダイヤ』『冬ダイヤ』があり、比較すると以下の通り。

『海里』の運行時刻表

  ※左が通常ダイヤ(赤)、右が冬ダイヤ(青)です。                

停車駅 下り↓ 上り↑ 下り↓ 上り↑
新潟 10:12発 18:31着 10:12発 18:31着
新発田 10:38発 18:06発 10:38発 18:06発
中条 10:48発 17:55発 10:48発 17:55発
坂町 10:56発 17:47発 10:56発 17:47発
村上 11:06発 17:36発 11:06発 17:36発
桑川 11:22着
11:42発
17:21発
16:50着
11:22発 17:21発
(笹川流れ) 徐行運転 徐行運転
あつみ温泉 12:18着
12:29発
16:13発 11:51発 16:55発
鶴岡 12:56発 15:49発
15:25着
12:21発 16:33発
余目 13:08発 15:12発 12:34発 16:11発
酒田 13:19着 15:02発 12:44着 16:00発
  • 下り(新潟→酒田)
    • 通常ダイヤの場合 新潟10:12発 → 酒田 13:19着(3時間7分)
    • 冬ダイヤの場合  新潟10:12発 → 酒田 12:44着(2時間32分)
  • 上り(酒田→新潟)
    • 通常ダイヤの場合 酒田 15:02発 → 新潟 18:31着(3時間29分)
    • 冬ダイヤの場合  酒田 16:00発 → 新潟 18:31着(2時間31分)

 

『きらきらうえつ』の運行時刻表 

  • 下り(新潟→酒田)
    • 新潟 10:11発 → 酒田12:51着(2時間40分)
  • 上り(酒田→新潟)
    • 酒田 16:10発 → 新潟 18:31着(2時間21分)

 運行スジによると『冬ダイヤ』『通常ダイヤ』より約35分ほど早く酒田に到着するダイヤになっているようです。これは『通常ダイヤ』の時、羽越本線の名所である『笹川流れ』で徐行運転して景色を楽しめるようにするためのもののようです。なので、今回乗車する『冬ダイヤ』なら酒田に到着する時間が若干早いです。また、通常ダイヤだと『きらきらうえつ』より乗車時間が長いですが、冬ダイヤならほぼ同じのようです。

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快速『海里』号
ということで、新潟駅に『海里』号がやってきました。以前の『きらきらうえつ』号と同じ4両編成で、『きらきらうえつ』は電車だったのが、『海里』ではディーゼルになっています。そして、『海里』のエンブレムがいかにも『和』をイメージしたおしゃれな感じになっています。この日は我々の席も含めて満員号令となっています。まあ、デビューしたてなので相当人気があるんですね・・・。『海里』に乗車してご旅行をお考えであれば、JRのSL列車と同様にみどりの窓口JTBなどの旅行代理店で申し込むと指定券なら乗車できます。そのうちの4号車は『ダイニングカー』で旅行商品専用なので、びゅうプラザの旅行商品を購入しなければなりません(しかもただでさえびゅうプラザは徐々に廃止にする方針のようだが・・・)。ちなみにその『ダイニングカー』では新潟と庄内の食材を生かした日本料理やイタリアンの料理を提供してくれますが、先程も述べたように『冬ダイヤ』ではその設定がありません。また、旅行商品というツアー形式であることから、工程も決まっており、新潟発の日帰りツアーでさえも13,400円もするので最低でも1万円もするようです。指定席券(840円)乗車券を併せれば乗車できますし、『週末パス』や『北海道&東日本パス』『青春18きっぷ』を併せても、もちろんOKです。

ビクティニ:ということは我々みたく、函館までの在来線旅と併せて『海里』の旅を楽しむ時に、北海道&東日本パスと指定券があれば問題なく乗車ができるということだ!ちなみに『海里』は非常に人気が高い列車だから、どうしても乗りたい人は『えきねっと』でも買えるので、みどりの窓口やJTBに並んで買うよりも席が確保しやすくなるよ!

ミュウ:本当なら乗車日の1ヶ月前から予約ができるけど、普通に買おうとすると既に満席で乗れなかったりするんだよね。『えきねっと』の会員になると乗車日の1ヶ月のさらに1週間前からの予約ができるのはすごいよね。

作者:まあ、それでも取れなかったら東北本線経由になる予定だったんだけどねw あと『えきねっと』で申し込む場合は登録するクレカが必要だから注意です!

 

★『海里』の様子★


ビクティニやミュウたちが羽越本線『海里』に乗車

 

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『海里』の車内
 ということで、いざ乗車。1号車2号車通常の指定席として設定されています。普通の座席である1号車なら『きらきらうえつ』と同じリクライニングシート(クロスシート)で、私のように個人的な一人旅をするのには丁度いいです。2号車はコンパートメントシート(4席のボックス席)でどちらかといえば家族やグループ向けだったりします。ちなみに、申し込む時の座席の指定は『えきねっと』で申し込んだ場合、自分では選べないようですが、どうしても窓側がいいのであれば、みどりの窓口かJTBなどで予め指定しておくといいのかもしれません(それ以前にちょうど発売日になって買おうとしても必ずしも乗車当日の席が空いているとは限りませんが^^;)。ちなみに今回は『えきねっと』で取りましたが、我々が取った席は1号車のリクライニングシートになっています。

ビクティニ:これが『海里』の車内か・・・。初めて乗ったけど、すごく快適そうな空間だね。まるで『きらきらうえつ』とそんなに違和感がないようだ。

ミュウ:快速列車でも特急に乗っているみたい。

シャワさん:なるほど、これがいわゆるジョイフルトレインの楽しみというわけなんだ。

ゴンベ:早くお弁当が食べたいっぺ。

 

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『海里』のお弁当
『海里』のお弁当3号車の売店引き換え券を渡すともらうことができます。お弁当は『きらきらうえつ』とは違って予約制になっており、これも指定券と同様にみどりの窓口JTBなどの旅行代理店で申し込むことができます。ただし、『海里』の指定券がないと申し込めないので注意が必要で、指定券で指定した乗車日と必ず同じ日にちで申し込むようにしましょう。『海里』のお弁当は『加島屋弁当』(下り列車で1,800円)『庄内弁』(上り列車で2,000円)の2種類あります。今回、我々が乗車しているのは下りなので『加島屋弁当』になります。リーズナブルに列車内で地元の食文化を堪能したいのなら、こちらのお弁当がおすすめだと思われます。

ビクティニ:さて、お弁当はもらえたのだけど、『海里』のお弁当はそこそこ高かったから、きっと高級な食材を使ってるんだろうね・・・。

ミュウ:後で開けてみようよ!

ゴンベ:早く食べたいっぺ!

作者:なるほど、たしかにパッケージからするといかにも『食』や『景観』を強調しているかが窺い知れるね・・・。

 

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『加島屋弁当』の中身
『加島屋弁当』の中身はキングサーモン味噌漬いくら醤油漬海老しんじょう魚沼産コシヒカリなど、新潟の食材を活かしたものが入っています。これこそ、『海里』の列車旅における楽しみの1つですね。ただ、この後は日本海の車窓が観たいので、早めにいただくことに・・・。

ビクティニ:おお!これはうまそうじゃないか!じゃあ遠慮なく、いただきます!

ゴンベ:いただきま~すだ!!

 

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日本海が見渡せる車窓
列車が村上駅を出ると、進行方向の左側には日本海が車窓に辺り一面広がります。冬の時期なら日本海独特の荒波が見れるでしょう。

ビクティニ:日本海が見える!!冬の日本海こそ風物詩だ。笹川流れは見れるかな?

ミュウ:天気は大丈夫みたいだね。

ゴンベ:美味しいお弁当が食べられて、こんな海の景色も見られるのも幸せだっぺ!

シャワさん:函館までの在来線旅とはいえ、こんな海の景色が楽しめる列車があるからこそ、まさに鉄旅の醍醐味ってやつだね。

 

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笹川流れと粟島

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『笹川流れ』は海岸線の岩場が特徴的

桑川駅を過ぎた辺りから『笹川流れ』という11kmも続く海岸線に沿って進んでいきます。『笹川流れ』日本海特有の自然が生み出した奇岩や岩礁・洞窟などが点在し、眼鏡岩、びょうぶ岩、ニタリ岩、恐竜岩、蓬莱山などの奇岩が見られる風景です。これは荒波の侵食によってその地形が出来たもので、その芸術的な風景は国の名勝・天然記念物(県立自然公園)スポットにもなっています。そして、海岸線の岩場を流れる潮流がこの辺りの集落(かつて存在した笹川村)で見られ、その集落が『笹川』という名前であったことから、『笹川流れ』という名所の由来になったと言われています。

ビクティニ:笹川流れの車窓は素晴らしい!冬の時期に見るとなおさらいい感じだ。

ミュウ:向こうに見える島はなんだろう?

シャワさん:あれは『粟島』という小さな島だよ。人口は350人で面積が9.78k㎡あるんだ。あの島でも漁業が盛んでサイクリングロードにもなっていたりするんだ。ちなみに村上港から船で行くことができるんだ。

ゴンベ:あの島も美味しいものがあるんだっぺ・・・。

 

※笹川流れについては以前取り上げた『きらきらうえつ』の記事でも書いてありますので、ご参照ください。

okuchichibu551.hatenablog.com

 

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鶴岡駅
日本海沿いを走っていた羽越本線は庄内地方に入ると、内陸の方へ入っていきます。そして、黒羽山五重塔加茂水族館で有名な鶴岡駅に到着します。

 

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鳥海山
庄内地方の陸地では鳥海山が見えます。鳥海山は山形県秋田県の境界に位置しており、標高は2236mある活火山です。そして、山頂に積もった雪が富士山と似ていることから、『出羽富士』と言われていたりもします。

 

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酒田駅に到着した『海里』号
12:44、終着駅の酒田駅に到着です。『海里』号はここで折り返して新潟行きになります。『きらきらうえつ』号時代では秋田まで運行された時期がありましたが、『海里』号も秋田まで運行されることはあるのでしょうか・・・?

ということで、楽しかった『海里』号の旅はここでおしまいです。

 

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酒田駅

酒田は庄内地方における伝統が今でも生きている町です。また、漁業も盛んで海の幸が美味しいといいます。

 

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次の秋田方面の列車がなんと2時間後・・・
さて、ここからさらに北上していきますが、次の秋田方面は14:41発2時間も待つことに・・・しかもあろうことか次の列車が特急なので、特急券とフリーパスとの併用は不可。なのでここと秋田までは特急で移動するため、特急券と乗車区間の切符を購入します(自由席で3,340円)。

ビクティニ:なかなかの出費だけど、これから天気が荒れるようなので早めに移動しよう。

シャワさん:まあ、まだ時間があるから昼食にしよう。

 

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『さかた海鮮市場』にて昼食

ということで、『さかた海鮮市場』にて海鮮丼というかカニ丼をいただきました。やはり日本海でとれた海の幸が美味しいです。

ビクティニ:いただきます!・・・日本海の海の幸は最高だ!

ミュウ:身が引き締まっていて美味しい!

シャワさん:エビ汁もうまいな。

ゴンベ:さっきの『海里』お弁当もうまかったけど、地元の海鮮丼のうまいっぺ!

tabelog.com

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酒田駅の近くにあった八雲神社で参拝

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八雲神社(酒田)の御朱印

酒田駅の近くに神社があったので参拝しました。

 

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秋田方面へ北上

さて、もう出発の時間なので14:41発の特急いなほ5号で秋田へ。

 

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酒田駅のホームに置かれた蒸気機関車の動輪

昔はSLも走っていた名残もあります。これは陸羽西線で走っていたものでしょうか。

 

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特急いなほ5号で秋田へ

酒田駅を14:41に出発し、秋田・青森方面へ北上していきます。

秋田県でも、さっきの笹川流れのように海沿いを走りますが、この辺りの海沿いの景色がやや寂しい感じです。羽越本線はこのように海沿いの風景が美しい一方で、「冬季になると天気に左右されやすい」と言われているように、天気が荒れると大雪の他に強風などで遅延になったりすることもあります。特に最悪の場合は強風などで運休になってしまうことがあるようです。フリーパスや18きっぷなどで秋田エリアの海沿いの区間を通過する場合は、よく天気を確認しておくのが望ましいでしょう。ちなみに2005年12月25日にはその強風によって特急列車が脱線したことで『風規制』というものが設けられ、風速20m/sを超えている場合は時速25km/hに速度規制、さらに風速25m/sを超えている場合は運転見合わせという事態になってしまうようです。なので一番いいのは、通過当日に天候に問題がない、かつ風速が20m/sを超えていないか確認しておくのが無難かと思われます。

 

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秋田駅到着

16:04に秋田駅に到着。ここで羽越本線の旅は終わりです。

ビクティニ:羽越本線、長かった・・・。とりあえず、難所は越えたよ。

ゴンベ:あとは別の路線に乗り換えて今日の目的地に行くだけだっぺ。

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普通 青森行きに乗車

さて、秋田駅から先は奥羽本線に乗り換えます。

JR奥羽本線 16:27発 普通 青森行きに乗車。

先程の酒田駅からは特急を使ってきましたが、ここから先は普通列車の移動になります。さらに、長時間ロングシートに座り続けることになります。ただ、トイレがあったりするので、移動中にトイレを済ませたいならあまり困らないのでしょうが・・・。

ビクティニ:あれで今日の目的地、弘前まで行けるぞ。たしか時刻表によると弘前には18:59に到着するようだ。

ミュウ:でも、まだまだ先になりそうだね・・・。

 

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奥羽本線 普通列車
秋田から先の奥羽本線は、今まで海沿いを走っていたのが次第に山間部に入っていきます。17:00を過ぎたあたりから日も暮れてしまい、やがては車窓も真っ暗になってしまいました。秋田県と青森県の県境には『白神山地』があり、その麓に沿って進んでいきます。しかし、ロングシートとはいえ、沿線の景色が雪国という風景の車窓を見ていると「旅に来た」という実感が沸くのが不思議ですね。

 

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弘前駅到着

さあ、秋田から2時間半ほど乗車しまして、18:59弘前駅に到着です。

駅の壁には「ようこそ弘前へ」のメッセージがあります。なんか温かく迎えられているような気分ですね。

ビクティニ:長かった・・・。

ゴンベ:お腹すいたっぺ~。

 

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弘前駅のコンコースには弘前城と旧図書館のモニュメント

弘前駅の通路脇に弘前城と旧市立図書館、そして『リゾートしらかみ』のモニュメントが置かれていました。イルミネーションもしてあります。

 

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弘前名物 天玉そば

令和元年の年越しそばは弘前駅の入り口にあるそば屋さんで弘前名物(?)と思われる天玉そばをいただきます。

ビクティニ:寒い時期にはそばが一番。

ミュウ:外は雪だものね・・・

ゴンベ:いただきますだ!

シャワさん:まあ、明日が大晦日だし、ご当地の年越しそばもいいんじゃないか?

tabelog.com

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今夜の宿

今夜は弘前パークホテルに宿泊です。駅からはだいたい10分歩いたところにあります。

travel.rakuten.co.jp

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夕食

夕食はホテルの近くにある居酒屋でいただくことに。

ビクティニ&ミュウ:焼き鳥美味しい!

ゴンベ:釜飯もうまいっぺ!

とりでん 弘前土手町店
〒036-8182 青森県弘前市土手町135
2,500円(平均)

r.gnavi.co.jp

 

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就寝

ビクティニ:今日の移動は長かった・・・。あとは北海道新幹線で青函トンネルを通るだけだ・・・。

ミュウ:明日は北海道上陸かな。

シャワさん:明日はもう大晦日だね。

ゴンベ:Zzzzzzz・・・。

 

2日目 終わり

3日目へ続く・・・。