ビクティニと昔ロマンのブログ

好きなポケモンと旅行に出掛けたり昔の鉄道車輌を並べさせたり、昔ロマンを楽しむのが趣味です。よろしゅうお願いします

北東北浪漫 みちのく紀行 3日目 世界文化遺産の古都“平泉”に訪問 奥の細道の舞台“中尊寺”へ御参拝

皆さんこんにちは。

今回は、花巻温泉に泊まった後、東北の世界文化遺産にして北の古都として知られる『平泉』に訪れたいと思います。

 

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宿泊した花巻温泉の旅館

朝9時半頃に旅館を出発し、JR花巻駅まで送迎バスで送ってもらい、そこからJR東北本線を南下、平泉まで行きます。

ビクティニ:温泉は最高だった。また行きたいね。さあ、平泉へ行こう!

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JR花巻駅

花巻駅からJR東北本線で平泉駅まで向かいます。次の列車が快速ジパング平泉号のようです。この列車は快速列車で『北海道&東日本フリーきっぷ』『青春18きっぷ』などで乗車できますが、『指定席』『自由席』があり、指定券は530円で購入します。

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ジパング平泉号の車両は国鉄型特急485系が使用されている

10:24 花巻発 快速ジパング平泉号 一ノ関行き

ジパング平泉号の車両としては、今となっては希少になりつつある485系が使用されています。言わずもがな国鉄型特急の車両で、かつては東北新幹線が出来る前の東北本線では特急車両として活躍していました。もしかしたら、こちらのジパング号の485系もその一人として活躍していたのかもしれません・・・。

 

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かつての東北本線特急を彷彿させる車窓
快速列車とはいえど、あたかもかつての東北本線を駆け抜けた特急に乗車している感覚になるのはちょっと不思議と思うのかもしれませんが、車両だけにあまり違和感はなさそうです。高速で流れる東北の車窓がいかにも東北本線の特急という感じです。実際に乗車したのが指定席で車窓がパノラマになっています。でも、時期が時期のためなのか、指定席がまばらのようです。ちなみにジパング平泉号の1号車と4号車(指定席)に乗車すると平泉についての歴史や解説などのギャラリーも併設されており、平泉の歴史や文化を事前に知ることが出来ます。

ビクティニ:東北の景色は9年ぶりで、それ以来長いこと見ていなかったから懐かしいね・・・。

ミュウ:のどかでいいよね・・・。そういえば、作者さんのお兄さんは関西に行くって言ってたけど、大丈夫かな・・・?

にょろもう:岩手は平和でいいよね・・・。

 

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東北本線の車窓から見る平泉の森

車窓の西側に見える平泉の森の中に『中尊寺』があります。どこか尊厳が雰囲気が漂ってきますね。

ビクティニ:あの森の中に中尊寺があるんだね・・・。

ミュウ:東京から新幹線で来るとこの車窓は見れないかもね。

にょろもう:そろそろ降りる準備しよう。

 

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平泉駅に到着

11:07 平泉駅に到着。ここが中尊寺の最寄り駅になります。東京方面からの東北新幹線一ノ関駅から2つ目の駅です。

 

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世界文化遺産“平泉”の玄関口

世界文化遺産である平泉の玄関口、平泉駅からは中尊寺毛越寺などへアクセスすることが出来ます。

毛越寺はここから徒歩でも十分に行けます(徒歩7分)。一方、中尊寺となると1km以上も離れているため、徒歩でも行けなくもないですが、徒歩だと20分もかかってしまいます。時間がない時や両方回りたいならば、レンタサイクルを借りることをおすすめします。

ビクティニ:徒歩で行くと日が暮れるかも・・・。

ミュウ:中尊寺ってこんなに遠いんだ・・・。

 

★平泉駅から中尊寺までのアクセス★

 

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中尊寺通り
平泉駅から中尊寺までは『中尊寺通り』を進んでいくと分り易いでしょう。ただ、途中で2つ踏切を渡らないといけません。通りにはいくつかお土産屋や飲食店がありますが、まるで小京都のような感じです。

 

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中尊寺 月見坂

ここが中尊寺の入り口『月見坂』いわゆる参道になります。中尊寺に参拝する時は必ずこの参道を登っていきます。

平泉は『奥の細道ゆかりの地』としても知られています。松尾芭蕉がこの地に訪れたことが有名で、平安時代に奥州藤原氏という一族によって治められました。これには仏教を基盤とした理想世界の実現を目指していたからなのです。

当時、奥州藤原氏が栄えていた時代の寺院遺跡群などが数多く遺され、それら五つの『平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群』がここ中尊寺毛越寺をはじめ観自在王院跡・無量光院跡・金鶏山など、平安時代末期の11〜12世紀頃に栄えた日本の北方領域における政治や行政上の拠点でもありました。また、奥州藤原氏には『平和思想(浄土思想)』という本心があり、阿弥陀如来を信仰し、極楽浄土への往生を目指すというものです。「誰もが成仏できるようにしよう」というこの思想は、8世紀頃から日本にも徐々に広まったと言われ、東北地方において当時戦乱が激しかった11世紀頃、奥州藤原氏の初代である藤原清衡は「敵味方の区別なく、戦禍で多くの命を失った人々の魂が浄土へ導かれるように」という祈りを込め、中尊寺金色堂を建立したという歴史が残されています。それがまさに平和を祈願するという『平和思想』にして『浄土思想』に基づいた各々の寺院風光明媚な庭園の美しさに平和を創るという世界観から、平成23年(2011)6月26日にユネスコの世界文化遺産に登録されたのです。

 

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中尊寺の麓に立ち並ぶ土産屋
中尊寺の入り口には、いくつかお土産屋さんが立ち並んでいます。月見坂から見てみるとまるで京都のどこかの観光地を彷彿させられます。お土産屋の中には岩手の伝統工芸である『南部鉄器』が売られているお店も結構ありました。

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弁慶堂

中尊寺境内には『本堂』『金色堂』の他に『弁慶堂』『地蔵堂』『大日堂』『薬師堂』など、いくつかお堂があります。

その中の1つ『弁慶堂』は文政9年(1826)に再建したもので、藤原時代に五方鎮守のために火杖の神としてご本尊の勝軍地蔵として『愛宕堂』という名前でしたが、義経・弁慶の木像を安置したことで、明治以降は『弁慶堂』と呼ばれるようになりました。堂内の格天井に60種余りの草花が鎌倉彫りで描かれているのが特徴的です。

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東物見台から見えるJR東北本線の線路

中尊寺境内にある『東物見台』は弁慶堂付近にある高台で、北上川衣川の合流する川と奥州の平野が見渡せます。

北上川の支流である衣川はいにしえの都人の歌にも多く詠まれ、歌枕にもなっていたとされています。平野の部分は『衣川古戦場』あるいは『弁慶立往生の地』で、合戦の舞台となったと言われています。また、衣川を渡るJR東北本線が通っており、列車の撮影スポットにもなっています。

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中尊寺 本堂

そして、中尊寺の境内の中心的なお堂はやはり、こちらの『本堂』です。

中尊寺のある『関山』というこの山自体が中尊寺境内であり、この境内における中心的な本寺ということになります。明治42(1909)年に再建され、古くから伝わる法要儀式の多くはこの本堂で勤められます。
本尊は丈六の釈迦如来で、像高約2.7m、台座・光背を含めた総高は5mに及ぶ尊像が鎮座されています。中尊寺の大壇主藤原清衡公が『丈六皆金色釈迦像』鎮護国家大伽藍の本尊として安置したことから、平成25(2013)年に造顕・開眼供養されました。中尊寺の寺格としては『天台宗東北大本山』となっています。

 

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中尊寺本堂の鐘

ちょうど12時に本堂の鐘が鳴り始めました。やはりお寺の鐘の音は心が浄化されますな・・・(*´艸`*)

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不動堂
本堂の近くにある不動堂は昭和52(1977)年建立の祈祷堂で、御本尊の不動明王は貞享元(1684)年、仙台藩主伊達綱村公により天下泰平を祈願し新調されました。鎮座されている不動明王様は、邪を破り、自らの過ちを正してくれる仏様です。参拝者の願い事に応じ、家内安全・病気平癒・受験合格・交通安全など、多くの信者をはじめ、一年を通して御祈祷をされる方々も少なくありません。中尊寺に来たら是非立ち寄りたいスポットの1つです。

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峯薬師堂
瓦葺きの単層宝形造りで、御本尊は丈六(約2.7m)の薬師如来の座像はカツラ材の寄木造りになっています。これは藤原時代末期に作られたもので、重要文化財に指定され、讃衡蔵(さんこうぞう)に安置されています。薬師如来(やくしにょらい)は大医王仏とも言われ、正式には薬師瑠璃光世界の教主であり、除病安楽・息災離苦などをかき消してくれる御仏としてとして古くから信仰されています。もともとは境内の別峯に建てられていましたが、度重なる野火に遭い、元禄2(1689)年にはここに移されたものです。

 

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旧鐘楼
康永二(1343)年、金色堂別当頼栄の発願により鋳造された盤渉調の梵鐘(ぼんしょう)です。撞座は長い歳月にわたる打鐘により窪み、今この鐘が撞かれることはありません。鐘に刻まれた銘文には建武四(1337)年、山の堂塔が火災により焼失したとされ、奥州藤原氏以後の歴史を伝える貴重なものです。

 

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讃衡蔵

讃衡蔵は奥州藤原氏の残した文化財3千点あまりを収蔵する宝物館です。

平安期の仏像や国宝の1つとされる中尊寺経の名である『紺紙金銀字交書一切経』をはじめとする数々の経、奥州藤原氏の副葬品などが納められるなど、平泉の黄金文化を後世に伝えるべきものが数多く展示されています。これは平安時代奥州藤原氏によって造営されたもので、館内に入れば正面に並んだ三体の丈六仏がお出迎えです。また、本堂の御本尊であった『阿弥陀如来座像』も展示されています。ただし、共通拝観券(大人800円)が必要になります。

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讃衡蔵の御朱印
御朱印がほしい人には受付時に予め御朱印帳を提出すると、御朱印を押印してくれます。

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中尊寺 金色堂

さあ、中尊寺境内における代表的スポットとも言うべき『金色堂』にやってきました!

こちらの『金色堂』は言わずもがな『国宝』にして『重要文化財』ならびに平成23(2011)年に『平泉の世界文化遺産』に登録されました。

これは中尊寺創建当初の姿を現在に伝える唯一の建造物であり、天治元(1124)年に上棟されました。館内では撮影ができないので、実際の写真はお見せできませんが、お堂の内外に金箔を押した『皆金色』の阿弥陀堂が鎮座されています。須弥壇の上には、ご本尊阿弥陀如来が中央に、観音菩薩勢至菩薩がそれぞれ左右に三体ずつ地蔵菩薩が並んでいます。孔雀がデザインされた中央の須弥壇の中には、奥州藤原氏の初代清衡、左の壇に二代基衡、右の壇に三代秀衡の御遺体と四代泰衡の首級が安置されており、親子四代の御遺体が安置されているのは世界的に見ても他に例がないほどです。
最前列には持国天と増長天が破邪の形相でこの仏界を守護しており、これらの仏像構成は金色堂独特のものであり、他ではお目にかかれない貴重なものになっています。また、堂内の装飾には、4本の巻柱や須弥壇(仏壇)、長押にいたるまで白く光る夜光貝の螺4本の巻柱や須弥壇(仏壇)、長押にいたるまで白く鈿細工、透かし彫り金具や漆蒔絵の他に象牙や宝石によって飾られるなど、至るところに平安時代後期の工芸技術を結集した荘厳なもので、いかにも美術工芸品のような美しさを放っています。これには極楽浄土の有様を具体的に表現しようとした清衡公の切実な願いが込められていると言われています。

 ビクティニ:何もかもが神々しい光景で感動した・・・。

 ミュウ:まるで美術館でも来たかのようだった・・・。

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奥の細道の碑と松尾芭蕉の像

平泉は『奥の細道』の舞台としてよく知られていますが、実際には芭蕉が訪れる500年前、平氏を討伐した後、官位を兄に無断で拝命したことがきっかけで追われる身となった義経は平泉で自害し、さらに奥州藤原氏も滅亡したという悲しい歴史があったとされています・・・。

そしてその500年後の奥の細道を経て訪れたとされる元禄2(1689)年3月27日に江戸(現在の東京)を発ち、東北や北陸へ六百里(約2400km)の150日間・・・『奥の細道』の旅に出ます。そして、平泉の中尊寺に訪れた松尾芭蕉は次のようにこの詩を詠まれています。

『夏草や 兵どもが 夢の跡(なつくさや つわものどもが ゆめのあと)』

平泉に訪れた松尾は高館(たかだち)にのぼってあたりを見渡せば、藤原時代のような栄華の痕跡はあとかたもなく、ただ夏草が茂る風景が広がるばかり。これは500年前の文治5(1189)年、当時義経をかくまった藤原氏討伐のため、源頼朝の襲来によって藤原氏消滅に起因したものと思われ、その栄華の儚さを詠んだ句です。

『五月雨の 降り残してや 光堂(さみだれの ふりのこしてや ひかりどう)』

光堂とは金色堂のことで、あらゆるものを朽ち果てさせる五月雨も、光堂にだけは雨を降らせず残してくれたかのように、華やかであった藤原時代の終わった500年経っても光堂は衰えを見せぬ美しい姿を見せてくれると詠んだものです。

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金色堂覆堂
これは正応元(1288)年、鎌倉幕府によって金色堂の修復が行われた際にこの覆堂が建てられたものと考えられてきました。しかし近年の調査によると、金色堂再建後50年ほど、簡素な覆屋根がかけられ、増築後を経て室町時代中期の16世紀頃に現在の形になったものと見なされているようです。そして先ほどの新覆堂が出来る昭和38(1963)年までこの覆堂が使われ、新覆堂の建築がされると、この場所に移築されました。

 

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平泉 白山神社

そして、中尊寺境内には『神社』も存在します。

中尊寺境内にあるこちらの『白山神社』は嘉祥3(850)年、中尊寺を開いた慈覚大師が加賀の白山(福井県)をこの地に勧請したのがそのはじまりとされています。十一観音も作られ、中尊寺の『鎮守白山権現』と称されています。慈覚大師自らが彫った十一面観音が本尊として安置され、橋爪季衡の持仏・運慶作の正観音と源頼朝の持仏・毘沙門天が安置されていたといわれていますが、嘉永2(1849)年の火災で焼失されました。境内にある能舞台(能楽殿)は、嘉永6(1853)年、仙台藩によって再建されたもので、近世の能舞台遺構としては東日本唯一のものとして重要文化財に指定されています。

 

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平泉名物『自然薯そば』

平泉では、自然薯山菜がよく採れる地域であり、中でもそば粉を使わない平泉産の自然薯を100%使用した『自然薯そば』平泉の名物とされています。また、黒糖かりんとう饅頭平泉の名物とされ、焦がし蜜の香ばしい甘味が人気のお菓子です。

ビクティニ:夏といえば、やはり冷たいお蕎麦が一番!

ゴンベ:このお蕎麦、そば粉の代わりに自然薯を使ってるっぺ!うまいっぺ!

ミュウ:かりんとう饅頭も甘くて美味しい!

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中尊寺境内にある茶処
また、中尊寺境内にある茶処では、お抹茶や和菓子もいただけます。時間がある時や参拝後の休憩などに利用してみるのも良いのかもしれません。ちなみに私が立ち寄った茶屋には『奥の細道』についての写真が飾られていました。

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JR東北本線の普通列車

15:53平泉発 東北本線 普通列車盛岡行に乗車。

自転車を返却し、JR東北本線でそのまま盛岡方面へ向かいます。普通列車の701系『ロングシート』ですが、沿線の風景もあってか、なぜか旅情を誘われるような感覚になってしまいますw

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盛岡駅に到着

17:16盛岡駅に到着。

盛岡駅JR東北本線の終着駅になっています。

新幹線では東北新幹線から秋田新幹線が分岐されており、秋田方面に行くことが出来ます。盛岡から先の在来線は、かつて東北本線という路線でありましたが、2002年の東北新幹線の延伸に伴い、東北新幹線に並行する旧東北本線『IGRいわて銀河鉄道』第三セクターの路線となり、現在に至っています。他にも田沢湖線山田線花輪線といったローカル線もありますが、いずれも非常に列車本数が少なく、1日の列車本数としては指で数えられるぐらいの本数しかありません。なので、盛岡から先の青森方面や秋田方面などへ通ずるローカル線を行かれる場合は、時刻表(できれば最新のものをおすすめする)をよく確認した上で行かれた方がよろしいでしょう・・・。なお、IGRいわて銀河鉄道線を通る場合、青春18きっぷは使用できないのでご注意を(ただし『北海道&東日本パス』『3連休パス』などは使用可)。

さて、ここからレンタカーを借りて、雫石方面へ向かいます。

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雫石プリンスホテル

JR盛岡駅からクルマを走らせて約40分、雫石プリンスホテルに到着。明日は朝から小岩井農場に行くため比較的近い雫石プリンスホテルに泊まります。今回予約したプランの中には小岩井農場の入場券付きという特典があるので、とても便利です。

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ホテルから見る岩手山の夕暮れ

今回、雫石プリンスホテルに宿泊予約した時、岩手山の見える客室を選びました。ホテルに到着した時にちょうど岩手山の夕暮れを見ることが出来ました。

ビクティニ:夕暮れがきれいだね・・・。

ミュウ:お部屋もおしゃれだし、ほんとに作者さんの宿選びは上手いね。

作者:まあ、こういうのには慣れてるからねw

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ホテルの夕食

ホテルの夕食は本来ならビュッフェ形式になるはずだったのが、例の病気の影響もあってか、魚料理か肉料理を選ぶタイプでしたが、夕食自体は十分豪華です(^^) ステーキの他にカニも出ました。温泉も広い露天風呂で、風呂周りの池を鯉が泳いでいるのが見れてとても素敵です。

ビクティニ:ステーキうまい!

ミュウ:カニも美味しいよ!

ゴンベ:いただきますだ~!幸せだっぺ~!

にょろもう:デザートも美味しかったよ~。

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ホテルの部屋

ビクティニ:明日は朝から小岩井農場で遊んで、午後にはJR花輪線まわりで青森県に入って弘前まで行く予定らしい。盛岡から弘前はちょっと遠いけど、花輪線の車窓も楽しみだ。

ミュウ:明日は天気は良いらしいし、夏に牧場って涼しげでいいかも。

ゴンベ:明日はソフトクリームを食べたいっぺ~!

にょろもう:花輪線に乗る予定の列車に乗り遅れないようにしないとね・・・。

ドレディア:ひまわり畑も見れるのね、楽しみ~。

ビクティニポンチョのピカチュウ:ZZZZ・・・。

 

北東北浪漫 みちのく紀行 3日目 おわり

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